逢魔ヶ時の邂逅(25日目・カラカラ)

1/1
前へ
/31ページ
次へ

逢魔ヶ時の邂逅(25日目・カラカラ)

学校での夏季講習帰り。 もう夕方になっていた。友人の満寛と帰り道を歩いていると、カラカラと何処からか音がした。空き缶が転がっているような音。辺りを見回すと、急に景色が変わった。満寛もいない。 僕は、知らない路地の一本道の前に立っていて、道の向こうには、古い鳥居が見える。背筋がゾクゾクとした。カラカラという音は、シャーン、という別の綺麗な音がした途端、止んだ。音は、鳥居の中から。鳥居を凝視した。夕方の薄暗闇の鳥居から、巫女さんが着る白い装束を何枚も重ねたような姿の、大きな何かがゆっくり出て来る。僕より、というか人の背丈より遥かに大きく長く、人では無いと思った。顔であろう部分には、何か紋様の書かれた紙が貼ってある。手足も、着物の長い裾で見えない。長く大きい着物が歩いて来る、みたいな様子だった。見た瞬間、全身で怖い、と思った。いつも視る幽霊や、バケモノの類と違う。いや、幽霊やバケモノも怖いんだけど。身体が震えて、逃げ出したいけど動けない。それくらい怖かった。それは、シャーン、という音と共に、ゆっくりと僕の方へ歩いて来る。逃げないと。でも、足が地面から離れない。冷や汗が噴き出して、ギュッと目を閉じると、足元で、またカラカラと音がした。ハッと目を開けると、緑茶の古い空き缶が転がっている。 それを見た瞬間、僕は弾かれたように走った。とにかくここから離れるように、遠くへ。めちゃくちゃに走り、カラカラという音も、シャーン、という音も聞こえなくなって、ようやく足を止めた。 もう日は沈んでいる。空気が変わった。戻って来たのだと、漠然と思う。学校近くだ。公園を見つけたので、そこのベンチにとりあえず座る。スマホを見たら、満寛からの着信やメッセージが来てた。手足はまだ、震えている。僕は満寛に電話した。 「満寛、大丈夫?」 “宗也!こっちの台詞だ。急に居なくなって、何処行ってたんだよ” 怒ってる。確かに、満寛からしたら僕が急に消えたようなものだ。でもそれ以上に、満寛の声を聞いたら安心して、声が詰まってしまった。 “宗也?” 「あの、ごめん。……迎えに来てくれないかな」 自分でもびっくりするほど、小さく弱い声が出た。満寛に聞こえているだろうか。 “怪我とかしてんのか” 「ううん。何とも無いよ。大丈夫。でも、動けなくて……」 情けないな、と冷静に思う自分もいるけど、ここから動くのも動かないのも怖い。まだ。僕は、学校近くの公園に居ることを伝えた。満寛は、呆れたような声で言う。 “何ともなくないだろ……。直ぐ行く” 「ありがとう」 電話を切った後、僕はリュックを抱き締めて、だらりとベンチに背を預ける。暑い夏の夜に、まだ寒いような気になった。あれは何だったのか、考えるのも怖いし考えたらダメな気もする。満寛と合流出来なかったら、どうしよう。こんなに怖さに支配されるのは、随分久しぶりだ。僕は何度も、深呼吸をした。 「宗也!」 満寛の声に、僕は顔を上げた。満寛が、近付いて来る。 「満寛、ありがとう。ごめん」 立ち上がれない僕のところまで来た満寛は、手に持ってたお茶のペットボトルをくれた。泣きそうになる。 「ありがと」 「顔、青いぞ」 僕は、行方不明になった顛末を満寛に説明する。 「……それで、ちょっと、怖かったんだ」 満寛は一応、納得したみたいだ。もう怒ってはいなかった。 「分かった。それ、飲めよ」 満寛は隣に座って、もう一本持ってた麦茶を飲み始める。僕もお茶の蓋を開けた。冷たいお茶を身体に流し込んで初めて、落ち着いて来る。 「家まで送る」 「え、」 「駅前のファミレスのチョコミントパフェで手を打つ」 僕は満寛を見る。少し笑ってた。つられて、僕も笑う。 「ご馳走します」 両手を合わせて満寛を拝むと、忘れんなよ、と背を叩かれた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加