漆黒のルージュ

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「何とお悔やみを申してよいやら」  望月は取り調べ室で被害者の妻である大崎純華(おおさきすみか)と向き合っていた。 「いえ」  流石に少し疲れた様子ではあったが、純華は顔を落としたまま首を横へと振った。 「いずれこういうこともありうると思ってましたので」 「……と、言いますと? 何か旦那さんは恨みを買うようなことがあったとか?」  十六夜が横から口を挟むと、純華は「私から申し上げるのも何ですが」と前置きしながら望月の前に手のひらを広げて見せた。細く伸びる『5本の指』 「私の分かる範囲ですが、容疑者になりうる人物は5人いると思います。無論、私もその一人だと自覚した上での話ですが」 「……浮気相手、ですか?」  望月は単刀直入に問いかけた。他の警官が被害者の職場で聞き込みをしている限りでも色々醜聞があったと報告がきている。 「そうです。私の他に、彼の大学時代からの付き合いで大手アパレルブランドに勤める由美(ゆみ)さん。それから彼の仕事絡みでルージュの工房を持っている(あおい)さん。それと彼の幼馴染で既婚者の凛子(りんこ)さん、そして最後にファッション誌の編集者をしている結那(ゆいな)さんです」 「……随分とお詳しいですね」  望月がその断言っぷりに首をちょっと前に出した。 「公然の秘密でしたし、特に私も咎めませんでしたので」  妻の純華はしれっとしている。 「いやでもしかし」  呆れ顔の望月に対して純華は「そういう人でしたので」と、さらっと言い切ってみせた。 「彼はルックスの良さだけが取り柄ではありませんでした。何より気配り、特に女性の扱いに長けている人でした。モテるのも不思議ではないと思います。それに彼は資産家の一人息子です。経済的な魅力もありましたし、会社でも将来の幹部候補だったとか」  『天は二物を与えず』と言うが、ときとして現世におけるチート能力者もいない訳ではない。彼もまたそうしたギフテッドの一人だったようだ。 「奥様はそれを知っていたんですよね? よく我慢をしていられたというか」    望月が聞き直す。普通だったら修羅場どころの騒ぎではないと思うが。  すると純華は2本の指を立ててこう言った。 「2つあります。ひとつは、彼が私も含めて性的な行為に対して淡白なこと。つまり基本的に『何もしない』んです。これは他の方に聞いて頂いても同じことを言うでしょう」 「なるほど。だから『友人の範囲』と捉えられなくもないと」  十六夜がため息をつく。 「そしてもうひとつ。彼は私を照らしてくれる『光』なんです」  純華の眼に涙が宿ったように見える。 「ああ、殺してよいのなら私が殺せばよかった。それほどの愛と覚悟が、私には足りなかったと悔やんでも悔やみきれません」  ある意味、それはどす黒い告白だったか。
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