漆黒のルージュ

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「ええ、全て警部さんの仰る通りです」    重要参考人として呼ばれた『犯人』は呆気なく陥落した。『日本人女性客』限定で連絡先を追ったところ、1名がまったくの虚偽だったと判明。残っていた宿泊カードから指紋が採取されて手石葵と合致したのだ。 「彼は『誰とも身体の関係はもたない』と言ってました。『全員が友人で、全員が恋人だ』と。だからこそ、この5人体勢が維持できていたんです」  天井の照明に照らされる後頭部。独り言のような供述。 「『黒のルージュ』にはどういう意味が?」  望月の問いに女は「黒ではありません」と返した。 「あれは『漆黒』、漆をイメージした新色なんです。普通、黒のルージュというとマットなものが多いんですが、もっと鮮やかな発色のある」 「黒は市場の小さなカラーだろうし、それは本当に売上を気にする大崎からの発注なのかと引っかかっていたが」  十六夜の疑問に「違います」という回答がやってくる。 「ここ最近の彼が発表して人気を得た新色のほとんどは私が調合したものです。それで私は自信をもって『そろそろ独立したい』と申し出たんです……あの夜遅くに。その、独立第一号が『あの漆黒のルージュ』なんです」  何物にも染まらない、独立と孤高をイメージする『輝く黒』。 「だが反対されたと」  死んだ大崎にしてみれば、それは自分が便利に使っていた手足を失うに等しかったろう。需要の少ない新色も認めたくはなかった可能性は大きい。 「所詮、私は彼にとってそこまでの女だったのだなと理解しました。……やっとですけどね」  手石葵は肩を落としていた。 「女として愛して貰っていると思っていたんですけど、はまた別にいることを最近知りましたし。たまたま外出先で見かけたことがあったもので」  何の説明もなくとも雰囲気を見て一瞬で悟る。そういう能力は誰しもが持っているものだ。そっちはシークレットのアカウントを用いて連絡していたか。 「夜に何食わぬ顔で『商談』をしたあとにブランデーに睡眠薬を混ぜ、朝まで寝て貰ったわ。一緒にね。それからカミソリで首の血管を斬って殺しました。……『人殺しをした』って実感はなかったと思います。何か不思議なぐらい淡々としていて」  タオルは血しぶきが自分に掛らないにするためのカバーとして使ったという。 「『漆』は壱とか弐とかの『大字』でいう『七』を意味するんです。私たち5人の『都合のいい恋人』と、何処の誰とも知らない『もう一人』。……私は『その上』に行きたかった。身も心も許した『(なな)番目』の女がいると知らしめたかった。他の女たちに」 「さっさと別れておけば、という後悔はないのかい?」  そう質問した十六夜に、犯人の女はゆっくりと首を横へと振った。 「あの人は光なんです。表現の世界は自己主張するあらゆる色に溢れ、それらが混在する『真っ黒(マッドブラック)』になっているのが現実なんです。その『黒』に光を当てて表に出してくれる、あの人は光だったんです」  だが、その光は限りなく(くろ)に近い光だった。 「でも、光に当たると反対側には影ができるってことなんですよね」  葵が自虐的に嗤った。 「黒い、影が」 完
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