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「司法解剖の結果がでたぞ」
数日後、十六夜が望月の元に書類を持って現れた。
「え? 意外と早かったわね。あそこはいつも混んでいるから2週間くらい覚悟していたけれど」
振り返った望月に書類の束が手渡される。
「裏から手を回してもらって先行して貰ったんだ。後から色々注文がつくかも知れんがね」
「ええっと……」
望月が書類に視線を落とす。
「『n-ヘキサン抽出物質』ってオイルのことなの? それと『ペースト状ワックス』、酸化チタン、黒色顔料、鉄分……と。で、つまり?」
眉をひそめながら顔を上げる。
「結局、これは何が言いたいわけ? 成分表だけ見せて貰っても料理のメニューを当てて貰わないと意味がないんですけど」
「仕方ねーよ。分析屋さんってのは分析するのが仕事であって、それが何かを当てるのが仕事じゃないからな。もっとも、これなら俺でも見当がつく。死んだ嫁がこの仕事をしていたからな」
「え? 化粧品なの?」
十六夜の配偶者は化粧品メーカーに勤めていたのだ。
「ああ、この構成は恐らく『口紅』そのものだ」
それが意味するところは大きい。
「……『ルージュ』を作っている人がいましたね。容疑者に」
手石葵だ。
早速、葵を二度目の事情聴取に呼んだ。
「黒のルージュ? ええ、それは彼から頼まれて特別に作ったものです。要望はマット(つや消し)なものではなく、ピアノブラックに近い感じにして欲しいと」
葵はその存在を素直に認めた。
「何本作ったんです?」
望月がノートにペンを走らせる。
「テスト用ですから、1本だけです。あとはレシピと。いつもそうしてます」
「レシピは覚えてる? ああ、このノートにでも書いてもらえば」
望月の差し出したノートに綺麗な筆跡で書かれた『成分』は、鑑定の結果と一致していると見ていいだろう。
「この試作品を渡したのは? 彼が亡くなる5日前? そうか……」
十六夜が天井を見上げた。
もしも彼女の証言が本当なら、ルージュの存在は全員が知っていて不思議はあるまい。何しろ全員と頻繁に通話やSNSでのやりとりと続けていたようだし。
そこへ、聞き込みに回っていた警官が「ちょっと」と言いながら望月を取り調べ室から外に誘い出した。
「どうしたの?」
「はい。司法解剖の詳細結果が出て、死亡推定時刻が午前9時頃だと判明しました。胃の内容物がほとんど消化されていたので間違いないと。それと、血液から睡眠薬の成分が検出されたそうです」
そして、もうひとつ。
「例の『怪しい女』がホテルを出たのは前日の『午後9頃』とフロントが証言しています」
「そう……厄介になってきたわね」
『12時間もの差』。望月が恨めしそうに取り調べ室のドアに目をやった。
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