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「『怪しい女』が犯人の可能性は低いと見るしかないようね」
夜、望月は自分のデスクでノートPCの画面を眺めながら呟いた。フロアはがらんとしている。
「だろうな。如何に死亡推定時刻が確実とは言い切れないにしても、12時間の差は大きい。『その女』が手を下したと考えるのは無理があるな」
望月のデスク前に椅子を持ってきて頭を抱えている十六夜も同様の意見のようだ。
「……死んだ大崎豊って男はよ」
ふと、十六夜が切り出した。
「『用件によってオンナを変える』ってヤツだったんだよな」
「どういうこと?」
聞き返す望月に、十六夜は天井を見つめたまま答える。
「つまり、『家のことは奥さんの純華』に、『仕事の情報収集はアパレルブランドの由美』、『軸となるルージュの開発は葵』、『新商品の宣伝は編集者の結那』、『気を抜きたいときには幼馴染の凛子』と。自分にとって最大限の利益を確保する、彼女たちは文字とおり『手足』だったんじゃないのか」
「……男として最低ですね、それ。というか人間として終わってますよ」
望月がじろりと十六夜を睨む。
「昔から男にとっての『いいオンナ』ってのは『都合のいいオンナ』って言葉があるくらいだし。『自分の一部』と割り切っていたのかもな。だが、だとするとだ」
ひとつ『足らないパーツ』が出てくる。
「そっちの話が何処からも出てこないということは」
容疑者の誰に聞いても「彼は性的に淡白だった」と証言している。
「……専門業者を使っていたかもと?」
「その可能性は低くあるまい。何しろそれなら相手の機嫌をとる必要がないからな」
ならば、それが当夜に目撃された『怪しい女』の可能性がある。
「数多くの女と付き合いながら、なおかつそれらを破綻させずに維持するためにそうしていたのかもな。肉体関係が絡むと社会的に難しい立場になるから」
「限りなく黒に近い白ですか……」
女性である望月としては納得いかない部分も大きいが。
「で……『その秘密』が容疑者の誰かに漏れたとしたら?」
十六夜の仮定に望月が大きく頷く。
「保っていた微妙なバランスが崩れても可怪しくないですね」
「で、真犯人は何処にいたのかというと」
十六夜が謎を掛けるように望月へ視線を送る。
「……犯行のあったホテルに宿泊していた可能性がありますね」
「そうだ。恐らく偽名でマイナーな身分証明書を偽造するなりして、だ。ホテル側もそこまで細かくチェックはしないだろうからな」
運転免許証のようなメジャーなものは少しの違いも違和感を与えやすい。だがもっとマイナーな、例えば船員手帳みたいなものなら少しばかり雑な部分があっても直感は働き難いものだ。
「あのホテルには宿泊階以外へエレベータが停止しないシステムがありましたけど」
「そうだな。だから犯行時刻少し前に何処かで落ち合ったんだろう。……宿泊客の身元を洗うか。それと、手石葵の指紋を照合用に出しておくよ」
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