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死体の第一発見者は、その被害者が宿泊していた3つ星ホテルのフロントだった。
常連客だったその男……大崎豊がチェックアウトの10時になってもフロントに降りてこないため様子を見に行き、異常を発見したという。
「あーあ。見事に死んでるね、これは」
管轄となる帝都警察本部捜査一課の十六夜真也警部補は、うつぶせで冷たくなっている男を見下ろした。首からは大量出血の跡がある。近くには血だらけのタオルも。鋭利な刃物による傷だが、凶器は見当たらなかった。
「とりあえず、司法解剖に回すんだろ? いいよ、どうせ自殺の線は低いだろうし。細かい検査とかいいから、早く結果くれるところへ出しておいてよ」
一人で過ごすにはちょっと広めのセミスイートルーム。警官と鑑識が入り乱れて混雑する中、駆けつけた救急隊員が亡骸をストレッチャーに積み込んでいく。
「とりあえず被害者の身元はフロントも大崎氏本人で間違いないと言ってますし、ご自宅にはフロントから連絡済みだそうです。奥様が向かっておられるとか」
警官からの報告に、十六夜の上司となる望月萌花警部がスマホ撮影の手を止め、「ありがとう。時間はどれくらい掛かりそうなの?」と尋ねた。
「新幹線経由で2時間くらいと言ってたそうですので、もう少しで到着するかと」
「……部屋に酒の匂いがするし、テーブルの上にはブランデーの瓶がある。『x.o』か、いいモノを飲んでやがるな。それで、酔って寝ていたところを首にバスタオルを掛けられて動脈を斬られたか」
やれやれと言わんばかりに十六夜が窓の外へ目をやった。
「世間広しと言えど、119番と110番だけは『仕事がないことを祈る』ブラックな職業だよな」
「それで、フロントは怪しい人物とかを見ていないの?」
望月の質問に若い警官が「見ていると言ってます」と答えた。
「サングラスにマスクで顔は見えなかったそうですが、かなり親しそうで下のロビーまで被害者が出迎えに来ていたそうです。そしてその人物は『1人でホテルを出た』と証言しています」
「そう。ちなみに、男? 女?」
「多分、女性だろうと。肩まで伸びたやや明るい茶色の髪に紺色のコート、ロングスカートだったとか」
若い警官は何も言及していないが、既婚者とあれば浮気相手だったと考えるのが妥当か。
と、そのとき。
「おい、ちょっとそのストレッチャー止めてくれ」
十六夜が死体にビニールカバーをかけようとする救急隊員を止めた。
「どうしたの?」
訝しむ望月に、十六夜がうつ伏せになった被害者の『顔』を指差す。
「見ろ、唇の色がおかしいと思わないか? ……紫色なら分かるが、これは『黒色』だ」
確かに、よくよく見ると唇の色が漆のように黒くなっている。
「予定変更、帝都国際病院の法医学教室へ持ち込んでくれ。時間は掛かるが細かい分析となるとあそこに頼んだ方がいい」
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