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朝、登校すると幼馴染みの夏美が駆け寄ってきた。
「おい腕出せ、腕」
「腕ぇ?」
怪訝に思いながら差し出すと、夏美は自身の生白い二の腕を俺の二の腕にくっつけてきた。幼馴染みとはいえ異性なのでちょっと恥ずかしい。
夏美は「およっしょぉ」という色気もクソもない珍妙な声をあげてパッと腕を離した。
「何なんだよ」
「見てみろよ腕」
「あん?」
「私んじゃなくて、お前の腕」
言われるがまま見てみれば、俺も腕には見覚えのないほくろがあった。一円玉より小さい程度の大きさで、少し生暖かい気がした。
「それはあたしのほくろだ」
「は?」
「私のほくろを移したんだ」
「ほくろを???移した???」
「試しにお前も誰かに移してみろよ。あ、おーいたかし!!」
夏美は手をぶんぶん降ってたかしを呼んだ。
たかしは「なんだよもぅ」とぶつくさ言いながらもこっちに近付いて来る。
「何なんだよ」
「腕を出せたかし」
言うが早いか夏美は俺の腕を掴んで、たかしの二の腕に密着させる。たかしの太い脂肪の塊のような二の腕はベタついていて気持ち悪かった。
だがそんなことどうでもよくなるくらい不可解なことが起こった。
二の腕にあったはずのほくろが消えて、たかしの二の腕に瞬間移動したのだ。
「わあぁ」
「ええぇ」
「ほら見ろぉほくろは移るんだぁ!!!」
俺とたかしと夏美が各々騒ぐのでクラスのみんながこっちに注目している。
三つ編みメガネの委員長がつかつかと音を立てて近寄ってきた。
「ちょっと何してるのあなたたち、うるさいわよ」
「あ、委員長。ちょっとたかしのほくろもらってやってよ」
「きゃあ何をするの!」
夏美は自分のより細い委員長の腕を掴み、有無を言わせずたかしの二の腕へと引っ張った。
委員長はめちゃくちゃ抵抗したので、たかしは大いに傷付いた顔をして、委員長は二の腕でなく手のひらにほくろを移された。
委員長のしみひとつない白魚のような手に十円玉程度の大きさの黒い点…そう、十円玉程度の大きさだ。さっき俺の二の腕にあった時は一円玉程度の大きなだったのに、もしかしてこのほくろ、
「大きくなってる…?」
「お、よく分かったな」
夏美は「おめでとう」とデスゲームの主催者のように手を叩き、このほくろを手に入れた経緯を話し始めた。
夏美は通学途中で、くたびれたサラリーマン風の男の出くわした。男はふらふらと頼りなさげな足取りで、今にも池に落ちそうだったので思わず声をかけた。
「おいおっさん、大丈夫か」
「お嬢さん、ちょっと頼みがある。腕を出してはくれないか」
「は?嫌だよ変態。さてはおっさん、痴漢だな?」
「頼む。百万円ならある」
「やったぜ、どうぞ右腕か?左腕か?」
「どっちでもいい」
そうして夏美はほくろを移された、らしい。
「そしてこれが百万円だ」
夏美はスクールバッグの中から札束を取り出し、ばしんと机の上に置いた。
「え?マジもんの札束?間切ったコピー用紙とかになってない?」
真ん中あたりのものを一枚抜き取り、蛍光灯に透かして見てみるが偽札には見えなかった。
「ちょっと!そんなことより何なのよこれ!どうにかしなさいよ!」
委員長は百万円の札束には目もくれず、夏美に詰め寄る。
「あなたのものならあなたに返すわ!」
委員長は手の甲を夏美の二の腕にビンタするように押し付ける。
だが委員長のほくろは委員長の手に置かれたままだ。
混乱する委員長を横目に、夏美は得意げに説明する。
「どうやらこのほくろは一度移された人はもう二度と移されないようだ」
「何ですって?!」
委員長はクラスメイトたちをざっと見回す。
だがクラスメイトたちは俺たちの話を聞いていたようで、みんな委員長と距離を取り目を背ける。
そんなタイミングでチャイムとともに先生がやってきた。委員長にとってはナイスタイミング、先生にとってはバッドタイミングだ。
「先生!」
「ん?」
「握手!」
委員長に手を握られた先生は特に反応を見せなかった。クラス全員固唾を飲んで見守っていたが、委員長が手を離すと「席着けー」といつも通りのんびり言って教卓に着くだけだった。
委員長は無言で手をパッと開いてみんなに掲げて見せた。その手にほくろはなかった。
先生は「ん?」と不思議そうに教室中を見回したが、委員長は晴れやかな顔で着席するだけで何のリアクションも取らなかったから、みんなも(つまらなそうにしている夏美以外)釈然としない顔をして大人しく着席した。
リアクションがないといえば先生もリアクションがない。先生の手の甲には五百円玉よりちょっと小さいぐらいの大きさのほくろが突如出現したというのに。やっぱり先生が中年男性だからだろうか。
委員長のような乙女にとってほくろの一つは大問題だが、酸いも甘いも噛み分けた公務員の中年男性にとってほくろは些細なもの。
ていうかシミ・シワ・肌荒れが体のいたるところにあって、単純に気付かないだけなのかもしれない。
まあこれでほくろ騒動は終わりだ。先生はこれから移されたほくろを保持したまま生き続けるか、誰かに移すかするのだろう。
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