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俺たちがほくろのことをすっかり忘れた頃、そのニュースはSNSを通じて世界中に駆け巡った。
「おい見ろよこの動画」
ある日夏美が画質の悪い動画を差し出してきた。それは確実に日本ではないどこかの国の動画で、音声はなく、半裸の男がにこにこ笑って背中を見せる。背中には赤ん坊ほどの大きさがありそうな黒い塊がくっついていた。
「これは、ほくろ?」
「多分私のほくろだぜ」
動画は続く。
半裸の男は、画面外から現れたもう一人の半裸の男の背中に巨大ぼくろをくっつける。結果はもう予想がついていた。
男の巨大ぼくろはもう一人の男の背中に移った。移ったほくろは一回り、大きくなっていた。
「あの時の夏美のほくろが連綿と続いて外国まで渡ったっていうのか…?」
「まだ続くぜ」
「まだ…?」
「本番はここからだ」
ほくろを移しあった男たちはにやにやしてる。画面外から三人目の半裸の男がやってきた。またほくろを移すつもりなのか。だが異変は、その前に起こった。
巨大ぼくろが、沸騰した水のようにぶくぶくと泡立ち出したのだ。
一人目の男と三人目の男は動揺している。ほくろを背負っている男は胸を押さえてしゃがみ込み、そしてほくろは爆発した。
噴水のように、巨大ぼくろから飛び出した黒い液体状の何かが噴射され、四方八方飛び散ってカメラをも襲った。
撮影者が倒れたのかカメラも一緒に地面に転がり、地面に寝たまま撮影は続く。
ほくろから飛び散った液体は周囲にいた人々を襲った。
そう、襲ったのだ。
ほくろから飛び散った液体は生きていた。
まるでスライムのようにずりずりと地面を這い、転んだ人間の覆い被さる。逃げようとしている人間の足に絡みつき動きを封じる。そして腰へ、腹へ、背中へ、肩へと這い上がり、しまいには頭をすっぽり飲み込んでしまった。
何人かの人は逃げることに成功している。ほくろから飛び散った液体は、それほど俊敏ではないようだ。
「どう思う?」
夏美は珍しく神妙な顔をしている。どうって?
「このまま世界終わるのかな?」
「まさか」
俺は笑ったが頭には未知の生命体、人々を次々襲い後に文明は崩壊、生き残った人間たちはサバイバルを強いられ、人間同士が資源を奪い合う殺し合いが始まる…なんてB級パニックホラー映画の予告のような映像が浮かんだ。心臓が波打っている。
でも夏美の手前、俺は強がった。
「いやこの映像が本物とも限らないし、本物だとしてもこの液体に包まれた人がどうなったかまでは写ってないだろ。死んでるとは限らないだろ。それともゾンビになってるってか?はっはっは。ていうかなんだよこのスライム。火ぃつけたら死ぬんじゃねえの。だってスライムだろ?」
「強がんなよ」
「ぐっ…」
「でもまあ、これが本物だとして、このほくろスライムが人間ぶっ殺し生物だとしても、今私たちにできることなんてないよなぁー。防災グッズでも買っておくかぁー?」
チャイムがなって先生がやってきたので夏美は席に着いた。
しばらく俺の頭からはさっきの映像が離れなかったが、昼休みを迎える頃にはすでに薄れていた。夏美も今朝言ったことなど忘れた様子で「放課後カラオケ行こう!」なんて言って俺を誘う。折角なので了承した。
俺たちはまだこの時知らなかった。
こんなささやかな日常が何物にも変え難い貴重なものだったということを…
これから人類の文明という文明が、ほくろの手によって終わらされることを、俺たちはまだ知らない…
完
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