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「おーい、忘れ物届けに来たよー!」
先ほどのおばさんが叫んでいる。
それを見て勘違いしたクラスの男子が「高田の母ちゃんが来てるぞー」と言い出した。
あの人、私のお母さんじゃないけど、そういう振りをしたら言い間違えたことを誤魔化せるかな、そんな打算をすると私は、
「先生、ごめんなさい。お母さん来た」
言うと、教室を飛び出し、校舎の入り口まで走っていった。
さっき叫んでいたおばさんは微笑みを浮かべて、そこにいた。
ここは教室から見える位置にあるから、窓際にクラスメイトたちが集まって私たち二人を見ているのが分かる。
おばさんは私の事を待っていてくれたようで、手に持っていた体操服袋を私に預けたあと、優しい声で問いかけてくれた。
「あなた、兄弟姉妹はいる?」
「あ、はい。弟がいます。二年生です」
「それなら、この体操服は弟の物ということにして受け取って。後で私の一年生の息子の教室に届けてもらえるかしら」
「は、はい。分かりました。でも、なんで……」
おばさんは私の疑問に優しく答えてくれた。
「それはね、あなたの声が聞こえたからよ。先生の事をお母さんって呼んじゃっていたわよね」
「聞こえてたんですか……」
「はは、誰にでも間違いはあるわよ。でもね、その一回の恥ずかしい間違いをずっと覚えていて、揶揄ってくる子もいるのよ」
「はい。おばさんがいなかったら、たぶん今頃、教室で馬鹿にされていたと思います……」
「でしょ?そういう子は小学校を卒業しても覚えていて、成人式とかクラス会とか事あるごとに、あの時、言い間違えたよねって揶揄ってくるのよ」
「それは嫌ですね……」
「だから、さっきの事があなたの黒歴史にならないように、おばさんがあなたのお母さんの振りをしたってわけよ」
「でも、なんで、そんなことしてくれたんですか?」
ふふふ、と上品に笑うとおばさんは言った。
「おばさんはね、黒歴史救済組合なのよ」
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