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どういうつもり?
同じクラスの飯沼くんは、やたらと距離が近い。
隣の席になったのをきっかけに挨拶をするようになった。
ふいに視線を感じて顔を向けると、こちらに向かってにこっと微笑んでくる。
初めのうちは愛想笑いを浮かべて会釈をしていたけれど、頻繁になってくるとそれも厳しくなってきて、ふいっと逸らすことが増えていく。
「なに、無視しなくてもいいじゃん」
休憩時間になって隣からちょんちょんと腕をつつかれ、真っ直ぐに僕に向かって告げてくる。
いやっ、無視してるとかそういうことではなくて、どう反応していいかわからないだけ――。
「無視なんて……」
「じゃあ、なんで顔逸らすの?」
「それは……」
「それは……? なに?」
次の言葉をじっと目を見て待たれていることに、またはっとして視線を下げると、「ほらっ、また」なんて言いながら笑われる。
まさか、そんな風に見られていることが恥ずかしいだなんてこと、言えるわけもなくて口を噤むことしかできない。
「ねえ、藤川くん」
「なに?」
「消しゴム、貸してくんない?」
「忘れたの?」
「まあね……」
「ちょっと待ってね……」
確か予備で二つ持っていたはずだからと鞄の中を手探りで掻き回すと、指先に触れたものを持ち上げた。
「なに、それ?」
「あっ……」
消しゴムだと思って取り出したそれは、弟が今ハマっている『ねりけし』とかいう青色の塊だった。
あいつ――何してくれてんだ?
しかも、まきまきとしっかり『う○ち』の形になっている。
「へえ、藤川くんってなかなか面白いんだね」
「違うくて……これは、弟が……」
「ふーん、藤川くんって弟いるんだ。うちと一緒だ」
「飯沼くんも弟いるの?」
「いる。結構歳はなれてるけどね」
「あっ、うちもだよ。小学三年生」
「おっ、うちは四年。近いね」
弟の歳が近いということもあって、思わず話が弾んでいた。その手にはねりけしを持ったままだ。
「でっ、消しゴムは?」
「あっ、そうだ。ちょっと待ってね」
今度はしっかりと鞄を机に置いてねりけしを中へしまうと、探し求めていた消しゴムを見つけた。
「はい」
「サンキュ」
差し出した消しゴムを受け取る時に触れた指先の感触にドキッとする。ただ少し触れただけなのに――。
「それ、あげる」
「いいの?」
「うん。二つあるから」
「ありがとう」
にっこり笑ってお礼を言うと、飯沼くんは間違えた場所を消しゴムで消していた。
「藤川くんっ」
ぽんぽんっと軽く肩に腕を乗せて僕の名前を呼ぶ飯沼くんに、「なに?」と振り返れば、昔流行った人差し指を頬っぺたにちょんっと当ててくるやつをされて、ちょっと焦った。
「引っ掛かった」
「そりゃ、呼ばれたら振り返るでしょ?」
「まあ、そうだね。はい、これ消しゴムのお礼」
そう言って差し出されたのは、校内にある自動販売機の紙パックのイチゴ▪︎オレだ。
いや、確かに嫌いじゃないけれど、甘すぎだし――。
そんなことを考えていたら、「ほらっ」って更にイチゴ▪︎オレを近づけてくる。
「あ、ありがとう」
「こちらこそ、消しゴム助かった」
「うん」
受け取ったイチゴ▪︎オレのストローをパックから剥がし銀色の部分に突き刺すと、その場でちゅるちゅると飲み始める。
「あまっ」
「でも……」
「「おいしい」」
二人でハモるように顔を見合わせて言いながら笑っていた。
しばらく他愛もない話をしながら教室に座っていると、なんとなくさっきまでとは違う空気感に包まれた気がしてふと顔を上げる。
「あっ……」
「また逸らす?」
「えっ……と、その……」
飲みかけのイチゴ▪︎オレのパックを握っている手に、飯沼くんの手が重なった。
これは、どういう状況――?
わからなくて目をぱちくりさせていると、くくくっと笑いを堪えている姿が目に飛び込んでくる。
「っとに、鈍いよね?」
「あの……これって、どういうつもり?」
「そんなの、決まってるじゃん。こういうことだよ」
離れていた距離がだんだんと近づいてきて、ふわりと頬を掠めた飯沼くんの髪が擽ったいと思った瞬間――唇が軽く触れた。
目を見開いたまま動けないでいる僕に向かって、飯沼くんがそっと腕を伸ばしてくると、頬っぺたをきゅっとつねってくる。
「痛い……」
「夢じゃないってわかるよね?」
「うん……」
「じゃあ、それが答え。甘いイチゴ味」
「あっ……」
覗き込むように見つめながら言われた言葉にさっきの出来事が蘇ってきて顔が熱くなっていく。
これはもう、どういうつもり? なんて聞かなくてもいいってことでいいんだよね?
握られていた手にくっと力を入れて握り返すと、飯沼くんが僕に向かって意地悪く笑った。
「ねえ、これってどういうつもり?」
「えっ、だって僕たち……」
両想いだよね?
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