そわそわ

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そわそわ

 二人きりの教室で落ち着かないのは、自分の気持ちを自覚してしまったから――。  自分とは正反対のクラスではヤンチャな部類に入るであろう相馬くんは、いつも輪の中心にいて元気で明るい太陽みたいに笑う人。  それとは似ても似つかない眼鏡で陰キャな僕は、いつも下を向いて人を避けるように勉強をしている。自分が『他の誰にも負けないもの』を考えたとき、一人でいても浮かないためにはこれしかないと思ったからだ。  先生に頼まれていたプリントをいくつか集めて、それを整理している横で、提出するプリントの問題を解いている相馬くんは、いつになく真剣な顔をしている。 「なあ佐々木、ちょっといい?」 「あっ、うん」  名前を呼ばれて顔を上げるとこっちに来いと手招きしている姿を見つけて、束ねていたプリントをそっと机に置いてゆっくりと席を立った。  相馬くんのすぐ隣までやってくると、「ここなんだけど……」と指をさしているけど、眼鏡をかけていても立ったままだと見えづらくて、仕方なく膝を折って見える位置まで屈んだ。 「ああ、ここは三権分立だよ」 「へえ……。やっぱ佐々木って頭良いんだな」 「別に、そんなこと……」  プリントを見ていた視線を上げて相馬くんの方へ顔を向けると、あと数センチというところに顔があって、驚きのあまりそのまま動けなくなってしまう。 ――どうしよう。全く体が動いてくれない――  なぜか脳だけは冷静で、早くしなきゃと命令を出しているはずなのに、体が言うことを聞いてくれなくて、そんな僕をただじっと見つめてくる相馬くんに、僕はどうしていいかわからずにいた。 「佐々木ってそんな目悪いの?」 「あっ、うん。眼鏡とるとほとんど見えないんだ」 「へえ……」  話しかけられたことで金縛りがとけたように力が抜け、さっと瞳を逸らすとそっと立ち上がった。 「出来たら教えてね」 「ああ……。悪いな」 「大丈夫だよ」  自分の席へ戻ると、机に置いたプリントを再び手に持ち名簿と照らし合わせていく。  その手が震えていることには気づいている。だって、あんな至近距離で相馬くんと目が合っていたのだから――。  心臓だってまだこんなにどきどきがおさまらない。  自然とシャーペンを持っている指先に力が入ってしまう。 「よし、終わった」 「お疲れ様」 「はい、これ」 「うん、預かります」  ガタッとイスから立ち上がる音がして、相馬くんがこちらに歩いてくるのを、そわそわした気持ちで待っていると、提出プリントをふわりと差し出されて受け取った。  顔を上げることができずに、そのままプリントを一番上に重ねてシャーペンを手に取ると、相馬純と書かれた名前のとろこに丸をつけた。 「それ、渡部んとこ持ってくの?」 「そうだよ」 「ふーん……」 「じゃあ、僕……行ってくる。相馬くん、また明日」  シャーペンを置いてプリントと名簿表を両手で持つと、僕は逃げるようにして教室から出て行った。  本当はもっと近づきたいと思っているのに、そんなおこがましいことが出来るわけもなくて、相馬くんと僕じゃ住む世界が違いすぎて、さっきみたいに教室で二人きりになっても話しかける勇気さえもなくて逃げ出してしまうのだから――。  渡部先生に提出物を届けると教室へ戻っていく。  きっともう相馬くんは帰っているはずだ。  そう思って入った教室には、いないと思っていた彼が窓の外をぼんやりと眺めていた。 「そ、うま……くん?」 「おっ、帰ってきた?」 「なんで、いるの?」 「なんでって、一緒に帰ろうと思ったから?」 「疑問系……?」 「いいじゃん、帰ろうぜ」 「う、うん」  窓側にいた彼が僕の横を通りすぎ、自分の机に向かうと鞄を手に持ちドアまで歩いていき、振り返って僕に手招きをしている。  そんな君に僕は小走りで近づいた。 「なんだ、俺とそんな身長かわんないじゃん」 「ほんとだ……」  こんなに近くで並んだことなんてなかったから、新しい発見につい嬉しくなる。 「へえ、佐々木って笑うと可愛いんだな」 「えっ?」 「いやっ、別に。ほらっ、行こうぜ」 「あっ、うん」  さっと背を向けて歩き出した君の後ろを置いてかれないように着いていく。 「また、わかんないとこあったら教えてもらっていい?」 「勉強?」 「そう。俺、結構単位やばいんだわ」 「僕でいいなら、いいよ」 「じゃあ、俺専属ってことでいい?」 「せんぞく……?」 「せ、ん、ぞ、く、な」  きょとんとして動かない僕を「おーい」と呼びながら笑っている相馬くんは、どういうつもりでそんなことを言ったんだろう?  ざわざわする胸をおさえながら、僕はただ頷くことしか出来なかった。  次の日から、僕がそわそわしながら相馬くんに声をかけられるのを待つ日常へと変わったのは言うまでもない。
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