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この腕の中に抱きしめたい
泣かないと決めていたはずだった。
ようやく覚悟を決めて両方の手で拳を握りしめ、僕はずっと好きだった人の前に立っている。
好きになるのに理由はなくて、気がつけばその姿を目で追っていた。
いつの間にか僕の中に君という存在がいた。
中学の時に出会った僕たちは、席が近かったこともあり挨拶を交わすようになった。「おはよう」から始まり「また明日」と手を振る。それからお互いに何となく話すようになり、同じ高校に進学して、知り合ってから六年になる。
たった六年という月日は、僕にとってかけがえのないものでこの関係を終わらせたくないと、変わらないものでありたいと強く願っていたはずだった。
「あっという間だったな」
「そうだね」
「関口とも今日で会えなくなるな」
「うん……」
卒業式が終わった教室で、二人で窓の外を見ながら話している。
二学期に入ってすぐの頃、進路のことで先生と相談していたら、いきなり教室へ入ってきた君が「先生、俺ばあちゃんとこ行く。行ってばあちゃんと暮らす」とキラキラと目を輝かせて言った。
僕は当たり前のように大学は違えど、同じ地域で同じように大学生になるんだと思っていたから、正直その展開に驚きを隠せなくて、でもそんな楽しそうな君を見ていたら何も言えなかった。
何も言えないまま月日が経ち、こうして卒業式を迎えてしまったのだ。
「関口は大学楽しめよな。俺はばあちゃんと田舎暮らしを楽しむからさ」
こちらを見ないまま前を向いて君が告げてくる。
田舎で一人で暮らすおばあさんと一緒に、農作業をしながら笑って過ごしたいという君の意思は堅かった。
両親がおばあさんのことで言い合いをしているのを何度も目の当たりにして、おばあさんのことが大好きな君は、自分が一緒にいようと決めたらしい。
まだ18歳の男子が決断するには早すぎる。それでも君がそう決めたなら――。
「尾崎が楽しんで暮らせるなら、僕はそれを応援する」
「関口ならそう言ってくれると思ってた」
「だって僕は、ずっと尾崎のことが好きだったから」
震える手で、震える声で、精一杯の想いを伝える。きちんと目を見て、視界が歪みそうになるのを堪えながら見つめていると、ぷふっと口許に手をやり君が笑った。
「顔……こわっ」
「ちょっと……」
「うん、俺も。俺も関口が好き」
「えっ?」
「んっ?」
「いま、なんて……?」
「だから、俺も好きだよ」
今度は優しい顔をして、そっと大きくて長い手を僕の頭にふわりと乗せた。
泣かないと決めたはずの目からは、気がつけば大粒の涙が溢れだし、視界を揺らしていく。
「泣くなよ」
「泣かないって決めてたのに、こんなの無理に決まってんじゃん」
「じゃあ、どうする? なかったことにする?」
「するわけないでしょ」
「だよね」
意地悪く問いかけられた言葉に、『もうっ』と腕を払いながら答えると、払われた場所を擦りながら君がまた笑う。
「なかなか会いには来れないけど、毎日メールする」
「うん」
「たまに電話もする」
「うん」
「だから、浮気すんなよ」
「大丈夫、僕が尾崎に会いたくなったら会いに行くから」
「そういうとこ。不器用なのにぶれないよな」
ぶれるわけない。
だって僕は君のことが好きで、ずっとずっと一緒にいたいと思っていて、どこにいたって会いに行くに決まっているんだ。
溢れた涙を拭いながら、「覚悟しろよ」と指を指しながら告げると、「望むところだよ」ってデコピンされた。
「よし、帰るか」
「そうだね」
「手、繋いどく?」
「繋ぐ」
「じゃあ、ほらっ」
掌を上にして君が腕を伸ばしてくるから、僕はその手にそっと自分の手を重ねた。
その瞬間にぎゅっと握りしめられた手が、とても温かくて優しくて、大きかった。
この腕の中に抱きしめられたいと思ったのは、内緒。
でもいつか、僕はこの手で君を力一杯抱きしめて、今よりももっと好きだと伝えよう。
離れてても変わらないものがあると証明して見せるから。
握る手に自然と力が入ると、君も同じように握り返してくる。
そんなやり取りに、思わずくすりと笑っていた。
あれからもうすぐ五年。
何度か会いに行ったけれど、今回は違う。
田舎道をバスに揺られていると、見渡す限り田んぼや畑に囲まれている。
自然豊かなこの町に、僕はやってきた。
君と一緒に過ごすために。
バスが停まり降りると、「おかえり」と声が聞こえてくる。
顔を上げたその先には、僕の大好きな人が笑顔で立っていた。
僕は迷わずにその腕の中に飛び込むと、「ただいま」と思いっきり抱きしめた。
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