無邪気な笑顔

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無邪気な笑顔

 今日もあいつは俺の前でキラキラと眩しいくらいの笑顔で全力で目の前のことを楽しんでいる。  下校途中の長い一本道をどちらがどれだけ早くこげるかといきなり競争が始まった。  最初は二人並んでのんびりと自転車をこぎながら俺の腕を軽く掴んだりして他愛もない話をしてケラケラ笑っていたのに――。  前を走りながら距離を確認するためになんども振り返る姿は、まるで小学生の男子生徒みたいだ。 「まだまだ!」「まだ俺の方が速い」「おい、近づいてくんなって」「ちょっと、待ってって。追い付いてくんなって」  笑ながらも真剣に勝負していることはわかっているから、俺も手を抜くことはしない。  必死になって自転車をこぎながら、あと少しというところまで追い付いていた。 「あと少し……」 「よしっ」  もうすぐゴールというところで、本当に僅差で俺の負け――。  思っていたよりも悔しいと感じている自分がいる。  勝った本人は、満足そうにふふんっと鼻を鳴らしながらこちらに向かってガッツポーズをして見せてきた。 「全力で喜んでんじゃん」 「いつだって全力で楽しまなきゃ。でしょ?」  ニカッと笑顔で覗き込んでくるから、ふいっと顔を逸らして自転車を走らせる。「ちょっと待ってよ」と追いかけてくるのを背中で感じながら、くすりと笑ってしまう。  あいつは何故か体育やスポーツ大会なんかで俺と同じチームになるのを嫌がる。  理由を聞いても「それだとつまんないじゃん」としか言わない。  つまんないってなんだよ。どうせだったら同じチームになって勝っても負けても同じ気持ちになった方が楽しいんじゃないのか?って思うのに、返ってくる答えは同じだろうから言えずにいる。  ついさっきもバスケのチームを決めるときに、自ら違うチームへと立候補していた。  別に構わないけれど、理由がわからずに毎回こんなことされてたら、正直胸くそ悪いのも事実な訳で――。 「こっち。パス」 「おっ、ナイス高尾。はい」  同じチームからのパスをしっかりと受け取ると、ドリブルしてゴールへと近づく。その目の前に、尚が立ちはだかる。 「行かせねえよ」 「いやっ、無理だから」  機転を利かせて体をくるりと回転させパスを出すと、ゴール前へと走る。  味方からのパスが再び戻ってくると、俺はゴールを決めた。 「よっし!」  思わずガッツポーズしてみたものの、ふいに目の端に映ったのは、今にも泣きそうな表情でセンターラインへと戻っていく尚の姿だった。  その顔が目に焼きついて離れなくて、バスケが終わっていつも通りに過ごしていた尚の腕を掴んで教室を出た。 「哲平、どうしたの?」 「それはこっちの台詞だっての」 「へっ?」  わかってないんかいって突っ込みたくなるのを、グッとこらえる。 「あのさ、何でそんなに俺と同じチームになんの嫌なわけ?」 「だから……」 「「つまんないから!」」  ほぼ同時にシンクロした言葉に、尚が驚いたように目を大きくしながら、次の瞬間に「ははっ」と笑った。 「いつも俺のチームが負けてるって気づいてる?」 「んっ? そうだっけ?」 「ほらっ、気づいてない」 「そんなん気にしたことなかったし……」 「そういうとこ……むかつく」 「はっ?」  笑ったかと思えば、ムスッと頬と唇を膨らませている。  いやだって、わざわざ勝ち負けを気にしながら体育やスポーツ大会なんて受けないし。 「俺にとっては、結構重要なことなんだよ」 「なんでそんな気にすんの?」 「そりゃ、一回でも勝てたらって願掛けしてたっていうか……」 「願掛けって、なにを?」 「だーっ、もういい! とにかく、これからも勝つまでは同じチームにはならんからな」  ドンッと拳を握りながら地面を踏み込んだかと思えば、ピシッと俺に指差して断言してくる。  やっぱ、答えはぶれないってわけだ。 「わかったよ」 「いいか、覚悟しとけよ。次は絶対に勝つんだから!」  そう言って、尚は眩しいくらい無邪気な顔をして笑った。  どくんと静かに胸の奥が音を鳴らした気がするけれど、「望むところだ」と歩き出した尚に駆け寄って肩を組むとぐっと自分へと引き寄せて髪をくしゃくしゃっとした。 「さっ、今日はどっか寄り道してく?」 「駄菓子屋でうまい棒買い食いするっていうのはどう?」 「よし、のった!」  二人でハイタッチしながら教室へと戻っていく。  放課後の駄菓子屋でうまい棒のめんたい味を買い食いしながら、変わらない姿が夕焼け空の地面に影を浮かばせていて、その影は寄り添うように顔を見合わせて微笑んでいるように見えていた。
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