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「いや、ちょっと待てよ。飛び降りるってなんだよ。最初から最後まで全部分からないよ。」 「今日の放課後私の家に来て。」 「家って。」 「なんか都合でも悪いの。」 「そうじゃないけど。」 「来ないならいいけど、聞きたいこと山ほどあるんでしょ。」 「まぁ、そりゃそうだけども。」 「なら来て。私も話しておきたいことがあるから。」    悟らせるような彼女の表情を見て、俺はこの場ではこれ以上何も深掘りせずに提案を受け入れることしかできなかった。 「わかったよ。」  昼休み明けの授業は何も頭には残っていない。残っているのは彼女が告げたこと。十月二十一日、手紙を受け取った昨日から数えて51日後に彼女は飛び降りると言った。理由など今は何も知らない。彼女がここに来た理由も知らない。  教室の窓から見えた活気溢れる校庭の景色が、今日だけは雲がかっているように感じた。 「怜、お疲れい。」 「うぉ、ビックリした。達也か。」 「なぁなぁ、久しぶりに今日の帰り道ニーバん家のパン屋寄らね。多分新作出てるぞ。」   「ニーバん家のパン屋ねー。」 「なんだよ、腹減ってないのか。」 「いや、そういうわけじゃないけど。」  ニーバん家のパン屋とは、学校から五百メートル先くらいにある老婆が経営するパン屋。あの店ならではの独特なパンが売られている。ベーコン蟹サンドだとか、マシュマロカレーパンだとか、当たり外れの大きいパン屋だ。まぁきっとあの婆さんがニーバとでも呼ばれているのだろう。 「悪い、今日予定あるんだわ。先帰っててくれ。」 「えー、そうなのか。」 「悪いな。明日か明後日また行こう。」 「そうだな。」  十分後には忘れていそうな軽い約束は済ませて、彼女がいる場所へ俺は向かった。 「遅かったね。」  正門から少し離れた曲がり角に、待ち侘びた顔をして立っている。 「ごめん、友達と話してて。」 「ううん、いいよ、行こ。」  微妙に距離がありつつも、俺たちは歩いた。特に何か話すわけでもなく、二人の間には決戦会場へ向かうかのような不思議な緊張感があった。厳密に言うと、少し違うのだろう。きっと俺だけが緊張している。二、三歩後ろから見える彼女の背中は、小柄ながらも複雑な何かを乗り越えてきた人間の分厚い背中に見える。  二十分程度だろうか。彼女の家に着いた。俺の家からもやや近い程度の場所にある二階建てのアパート。近くにある公園からは無邪気に戯れる子供たちの声が聞こえる。 「着いたよ。」 「うん。」  彼女は案内をしつつ、玄関のドアを開いた。一つの部屋だけしかなく、必要最低限の物だけが置かれている。 「楓、お母さん、お父さんは。」 「一人暮らしだよ、私。」  その言葉を聞くと同時に、部屋の隅に置かれた両親の写真が目に入った。仏壇に飾られたその写真は事の重大さを改めて理解させてくるのには十分だった。 「また驚かせちゃったね。」 「あ、いや……」 「二ヶ月前に交通事故で二人とも死んじゃったんだ。私のことを置いてくように二人で仲良く旅立った。」  今の俺には理解できるのだろうか。彼女が送ってきた人生の全てを理解し、受け止めることが出来るのだろうか。 「楓、だから君は……」 「ううん、違う。それだけじゃない。」 「じゃあどうして。」  この後、彼女の口から全てを聞くことになる。  三年前に俺の前から突然消えた楓は、想像を絶するほどの苦しい時間を歩んでいた。 続
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