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「う、うん。」
俺には分からなかった。
何もかもが分からなかった。
君がそこにいる理由も、君から受け取った手紙のことも。
「またね。」
君は軽く微笑むようにそう言い残し、この場から立ち去っていく。雨の勢いはさらに強まり、呼びかける俺の言葉を無慈悲にかき消した。
次の日。昼休みになると俺は彼女のことを探した。何故、この高校に居たことにずっと気づかなかったのだろうか。三年の階の全ての教室を走って回ったが、彼女の姿は見当たらなかった。
「白河楓って誰か知らないか。」
「知らないなー。」
「俺もわかんね。」
一応最後のクラスだけは教室の奴らに声をかけてみたが、案の定知らないご様子だ。
「そうだよな。すまん、何でもないわ。」
昨日見た彼女はうちの学校の制服を着ているように見えてたが、何かの勘違いだったのだろうか。でも、だとしたら手紙はいつ……
「白河楓さんって、四組の子じゃない?」
「あ…… え、まじ。」
「なんか昨日から転校してきたらしいよ。私もどんな子か気になってさっき見に行ったんだけど、昼休みになった途端に教室から出て行っちゃったらしくて。」
「ナイス、その情報は本当に助かる。」
二、三回ほどしか話したことが無いであろう八組の長っぽい女子との会話を済ませて、この学校のどこかにいる彼女を探した。
なんとなく居場所は分かった。
駆け足で屋上に続く階段を登り、入り口のドアを開いた。
室内にこもった生温い空気を一掃するかのように涼しげな風が俺の身体を包み込み、まばらに浮かぶ雲の隙間から明るい日差しが屋上全体を照らしている。
「楓……」
小柄な身体。肩より少し長めに伸びた黒い髪。一つひとつは何も変わっていないはずなのに、風になびかれながら少し浮いたように校庭を眺めるその姿は、あの頃とはどこか違って見える。
「へー、分かったんだ。ここにいるって。」
「うん、まぁ。なんとなく。」
「そっか。」
「昨日からこの学校来たんだってね。」
「そう、驚いたでしょ。」
「まぁ、そりゃ。」
「昨日はごめんね。雨の中に突然現れる過去の…… 女みたいな。焦った?それとも少しだけ嬉しかったりした?」
からかうように問いかけてくる言葉を綺麗に処理することができなかった。久しぶりの会話だというのに、『51日後に私は旅立ちます。』という聞いて良いのかも分からないこの一文が会話の邪魔をしてくるようで。
「また、お父さんの転勤?」
「ううん、今度は違う。」
「じゃあどうしてここに来た。」
「女の子にはね、簡単には言えない秘密ってものがあるんだよ。」
「秘密。」
「そう、秘密。」
「じゃあ、昨日俺に渡した手紙もその秘密ってや……」
「怜くん。」
質問をしようとした俺の台詞を途中から遮り、俺の名前を久しぶりに彼女は呟いた。
「十月二十一日。私はここから飛び降ります。」
足場に腰を下ろし、彼女は言った。躊躇など全くしていないようで。不穏に笑みをこぼし、どこかの違う誰かに届けるように彼女は言った。
そして続けて……
「水川怜くん。あなたを私の最後の見届け人に推薦します。」
思いがけない言葉が俺の耳に届いた。
続
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