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『水川怜くんへ。私は51日後に旅立ちます。』
高校三年生の夏休みが明けた九月一日。何週間ぶりかに降った雨の匂いと暑さの残る二学期初日の授業を終えた俺は、自分の下駄箱にある一枚の手紙に気づいた。
「なんだ、これ。」
身に覚えのない手紙。弱々しく小さく書かれたその字は優しく折り畳まれている。
「じっと見つめてどうしたんよ怜。ラブレターでも入ってたんか。今どきあんまり無いだろそんなもの。」
「あー…… いや、何でもないよ。」
「なんだなんだ、隠し事とは許しがたいな。」
「だから、何でもないから気にするなって。」
「ほーん、まぁいいや。雨強くなる前に早く帰るぞ。」
「おう。」
隠すように制服のポケットに手紙を押し込み、高一からの親友である達也にすら、何となく話すことを躊躇った。
「じゃあな。」
いつも通り二人が別れる道に辿り着いた時には、最初よりも数倍強い雨が降っていた。じんわりとした空気感。夏に降る雨は他の季節の雨よりも何故か重く感じる気がする。
既に手遅れなほどに制服は濡れ、靴の中までピチャピチャと音がするが、少しだけ早歩きで帰宅ルートを進んで行く。
「ねえ。」
「えっ。」
不意に後ろからかけられた言葉に、考えることもないまま自然に反応をする。十五メートル程離れた距離でお互いが止まり、沈黙の空気が数秒流れた。
「なんですか。」
少し先に立つ相手に向けて一言声をかけた。透明なビニール傘に収まる小柄な子。雨で視界が悪く表情までは鮮明に確認できないものの、見慣れた制服で同じ高校の女の子であることはすぐに分かった。
「水川怜くんだよね。私だよ、私。」
「ん、そんな急に私って言われても。」
「私が旅立つの。今日から数えて51日後。」
「あ、あの手紙。」
そういえばさっきの手紙。と、ふと忘れていたことを思い出すと同時に、その相手が目の前に現れた事実に一瞬だけ放心状態になった。
二十秒くらい時間が経っただろう。
ここまで無言が続いたら、側から見たら流石におかしな奴らなのかもしれない。
でも、ただ手紙のことを思い出して無言になっていたわけではなかった。そう、それだけじゃない。それだけじゃなかった。
だって。
「楓……」
そこに立っていたのは、他の誰でもない。懐かしい姿だった。
三年前に突然消えた、俺が世界で一番愛した人。
「久しぶり、怜くん。」
続
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