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透明の檻に閉じ込められたウサギのフリしたタヌキが、ここから出せと訴えてくる。
私はおもむろに小銭を取り出しボタンを押した。
宙ぶらりんの神様の腕が狙いを定めて降りてくると、ウサギのフリしたタヌキのお腹を押しつぶした。
ちょうど今から一年半前、何気なく目を通していたSNSに、察してちゃんはウザいという投稿があって、妙に心に刺さったことがある。
刺さった「察してちゃんはウザい」のトゲ。理想の彼女像へ近づくために痛みに耐えながら必死にメモをした。
他にもヒステリックな女の例や、ムダ毛のこと体臭のこと。メモが増える度に自分への戒めが増えていく。でもその痛みすら誇らしかった。痛みを感じれることに感謝した。
女子力を高めたいという決意と、素敵な女性になって好きな人に振り向いてもらいたい一心で自分改革に勤しんだ。
その苦行のような日々の甲斐あって、ようやく想いの通じた恋人が、先ほどデートをドタキャンした彼、悠真で。
彼氏いない歴=年齢に終止符を打ってから三ヶ月。今はまだ、理想の彼女を目指す道半ば。私の初心者マークはまだまだ取れない。だからその分、誰よりこの恋を大切に丁寧に抱きしめていかなければならない。
目の前に持ち上げられた神様の腕は、なにも抱きしめていないのに、まるでなにかを抱きしめていましたよ、と言わんばかりに放たれた。言わずもがな、何か落ちた音なんてしない。
「空振りもいいとこだな」
「わっ! もうびっくりさせないで」
神様の手が定位置に戻って待機すると、先ほど飛び立っていったはずの天使がまた私の傍らにいた。クリクリとした潤んだ目がこちらを見ている。
「クレーンゲームって初めてで」
悠真とのデートがおじゃんになってその場に佇んでいても仕方がなく、直ぐに帰宅しようと思ったけれど、折角だから少しブラブラしてからでもいいかと思い直し滅多に入店しないゲームセンターに足を踏み入れた。
本当なら、今頃悠真と一緒に笑ってたはずなのに、今日はなにもうまくいってない。うまくいったことを強いて言うなら、新しく購入したリップの色が似合っていたことくらいだ。悠真に可愛く思われたくて悩みに悩んで選んだ色だった。
「初めてなの。みんな楽しそうで、簡単に手にしてる。だから私にもできそうって思ったけど、現実は厳しいよね」
「……だから言ったろ。もういい加減、あの男じゃなくてオレ様にしとけよ。じゃなきゃ、いつかあのタヌキみたいに内蔵をえぐられるぞ」
「内蔵えぐる位置にアーム落としちゃったのは私だけどね。……、もしかして、心配してくれるの?」
「はっ、勘違いすんな。オレ様はさっきからお前を誘惑してんだろ」
天使の誘惑初心者研修でどんなことを学んでいるのか知らないけれど、それが彼の仕事なのであれば、誘惑失敗で天使のお役御免になったりしないだろうか。
「誘惑、ねえ」
よくよく考えると、この可愛い黒い天使は私が落ち込んだり悲しんだりしている時に必ず現れている気もする。
「――おい、ちょっと! おいお前! これ、これ!」
「え?」
突然早口になった天使は、あるクレーンゲームの中を指さしている。
「なにこれ? ――ピンクエンジェルちゃん? 可愛いぬいぐるみだね。気に入った?」
コクコクと頷く様子は、人間となんら変わらない。ただ、背中に羽が生えてるだけ。
「お前、これをオレ様に貢げ」
「ええっ……」
貢げって。と、いつもなら突っ込みを入れるところだけど、平常時の五割増しくらいに目を輝かせて頬を上気させるものだから、私は二の句が継げない。
「――よし! テンちゃんの為にやってやろうじゃないの!」
「テン、ちゃん……?」
少し驚いたような声はさておいて、次こそアームをお腹に突き刺す失態はしない。初めてのことも、うまくいかないことも、失敗しながらでも諦めずに繰り返していけば、いつかきっとうまくいく。
この一年、そうやって私は前へ進んできた。
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