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 僕の通う小学校では、ここ最近、ちょっと怖い噂でもちきりだ。 「ねえねえ、この間、隣の小学校の生徒が『詐禍さま』に会ったんだって」 「え、そうなの」 「うん。塾の友達から聞いたの。習い事が中止になって家で遊んでいたら、いつもより早くお姉さんが帰ってきて、鍵がないから玄関を開けてくれって頼まれたんだって。怒っているところなんか見たことがないお姉さんなのに、ちょっと不機嫌そうで何かあったのかなとは思ったみたい。それで玄関に行って鍵を開けようとしたら、二階からお姉さんが下りてきたんだって」 「何それ、気持ち悪っ」 「お姉さん、学校で具合が悪くなって、早退して家で寝ていたらしいよ。もう一度インターホンを見たら、もう誰もいないし、さっきしゃべった記録も残ってなかったんだって」 「えー、やだ。怖すぎる!」  詐禍さまは、ある日突然身近なひとの姿で目の前に現れるらしい。一番多いのは、夕方。つまりは黄昏時。けれどよく観察すると、おかしなところがあるそうだ。でも、僕たちの耳に入ってくる話は、たまたま家族に連絡をもらったり、実際に家族が家にいたりして助かったという場合ばかりで、実際に何が違うのかまではわからないままだ。 「詐禍さまに連れていかれるとどうなるの?」 「そのまま一緒に暮らすことになるって聞いたわよ」 「それって、お墓の中でかな? でも、お墓の中って狭くて暮らせないよね?」 「あたしが聞いた時は、死んじゃってそのままあの世に行くって話だったような」 「どっちにしろ、ここには帰ってこられないってこと?」 「ほらほら、怖い話もいいけれど、もうすぐ授業が始まるぞ。前にも言っていた通り、今日は算数のテストだからな」 「えー」 「えーじゃない。気持ちよく夏休みに入りたいだろう?」  先生に突っ込まれた途端、笑い交じりの悲鳴が教室を駆け抜けた。それで噂話はおしまい。さっきまでの大騒ぎが嘘みたいに、みんな真面目な顔をして席に座っている。テストを解きながら、僕はぼんやりさっきの詐禍さまの噂を思い出してみた。  よく知っているひととそっくりで、でもどこかがまったく違う詐禍さま。さっきの話の女の子は、その違いがよくわからなかったみたい。本物のお姉さんがいなければ、きっと騙されてしまっていたと思う。じゃあ僕の前になら、詐禍さまはどんな姿で現れるんだろう。  僕は何だか詐禍さまに会いたくなった。だって、とっても面白そうじゃない? 詐禍さまに会えたら、退屈な夏休みがきっと楽しくなる。そう思えたんだ。
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