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「大丈夫かい」  学校からの帰り道、あまりの暑さで頭がくらくらして道端に座り込んでいたら声をかけられた。すごく綺麗なお兄さんだけれど、どうにもこうにも見た目が怪しすぎる。ああ、帰りの会で先生が注意するように話していた不審者っていうのはこのひとだなって気が付いた。  こんな暑さの日にマジシャンみたいな帽子をかぶって、黒ずくめのスーツに黒いネクタイ、さらに真っ黒な手袋まで着けている。その上、塀に向かって話しかけていたり、池に向かってぶつぶつ呟いていたりしていたら、不審者情報に登録されても仕方がないと思う。ただのコスプレ好きなひとかもしれないから、可哀そうだなとは思うけれど。 「飲み物を買ってきてあげるよ。ほら、今話題の『?』味の飲料はどうだい?」 「お水か、スポーツドリンクがいいです」 「遠慮しているのかな。それともやっぱり、『?』マークの缶飲料は、怖いかい?」 「いや、別に。ただ、熱中症には経口補水液がよいそうなので。遠慮はいらないということであれば、ぜひOS-1でお願いします」  売っているかどうかは知らないけれど、遠慮しなくてよいならその善意に思い切りすがらせておらおう。近くの公園の木の下まで運んでもらった僕は、きんきんに冷えた飲み物をありがたくいただきながら、お兄さんの思い出話を聞いていた。 「昔はねえ、自動販売機に『?』マークだけ書かれた真っ赤な缶飲料があるっていうのは、怪談として有名だったんだけれどねえ」 「それって何味なんですか?」 「何味だと思う?」  最近流行りの謎フレーバーは昭和レトロ味って聞いたけれど、これは怖い話なわけで。とりあえず素直に回答してみる。 「怖い話で、真っ赤な缶だから血の味ですか?」 「ご名答!」 「でも、一本だけ血の味のジュースを混ぜるなんて無理だと思います。それに自動販売機って専用の鍵がないと開けられないでしょう。前にテレビで見たことがあります。わざわざクビになるのがわかっていて、変な飲み物を入れるひとなんていないような気がします」 「やれやれ。ネットが発達することで新たに広がっていく怪談もあれば、その逆もまたしかりということかな」 「僕は自動販売機の怖い話は、毒入りのジュースの話が怖かったです」 「それは、怪談じゃなくって実話だからね。薬物の入ったジュースを受け取り口に置いておいて、それを拾って飲んだひとが……っていう事件だから。まあ、確かに怖い話ではあるけれど」 「生きている人間は怖いですよねえ」 「お化けより人間が怖いという風潮は、商売あがったりなんだが」  困ったものだと言わんばかりのお兄さんが、長い髪を揺らしながら首を振る。それにしてもこのお兄さん、全然汗をかかないのってすごいなあ。 「でも、怖いかどうかは別にしてお化け自体はいるから別にいいのではありませんか?」 「うん? 君はお化けを信じているのかい」 「だって、さっきからお兄さんはお化けのみんなの様子を確認しているでしょう?」  お兄さんは、少しだけ驚いたように僕を見た。
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