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 背負っていたランドセルを勢いよく放り投げてみる。池の中にいたぐちゃっとしたひとが、驚いたようにこちらを見上げてきた。ごめん! ぶつけるつもりはなかったんだ。でも、よかったらそれ、あげるよ? 僕がそう言えば、ぐちゃっとしたひとは嬉しそうに教科書を読み始めた。それ、何年か前と内容が変わってるから、暇つぶしになるかもね!  そんな風に普段ならやらない思い切った遊びを繰り返していたら、不意に声をかけられた。 「駄目でしょう、こんな時間まで外にいちゃ。五時のチャイムはとっくに鳴ったのに聞こえなかった?」  困ったような顔で、お母さんが迎えに来た。僕の気が付かない間に、家に帰る時間をお知らせする童謡は、すっかり流れてしまっていたらしい。いくら遊びに夢中になっていたからと言って、あんな大きな音が耳に入らないことなんてあるのだろうか。でも、迎えに来たお母さんは「こらっ」なんて言いながらも、優しく僕の頭を撫でてくれる。そのてのひらの重みがふんわりと温かくて、僕は素直に謝りながらお母さんに飛びついた。 「はあい、ごめんなさい」 「わかったならもういいわ。次からはちゃんと気をつけてね」 「お母さん、怒ってる?」 「怒ってないわ。でも、本当に心配したんだから。ほら、早く帰りましょう。お母さん、安心したらなんだか急にお腹が空いてきちゃった」 「僕も、お腹ぺこぺこだよ。今日の夕食はなあに?」 「今夜はね、あなたの大好きなハンバーグよ」 「わあい、やったあ!」  僕はお母さんと手を繋いだまま、その場で勢いよくジャンプする。 「お、ふたりともこんなところにいたのか。せっかくなら一緒に帰ろう」  いつの間に合流したのか、お父さんが僕の空いている方の手を掴んでいた。お母さんとお父さんが僕をぐんと空中に持ち上げてくれる。大きなブランコに乗っているみたいに気持ちいい。 「なんだ、俺もまぜてよ。よし、家まで競争だ!」 「こんな時間に走って帰ったら、事故に遭うわよ。いけません。手を繋いで帰ります」 「とはいえ四人で手なんか繋いで歩いたら、横幅いっぱいで迷惑じゃないか?」 「じゃあ横幅を減らすために、おんぶでもしましょうか」 「なんだそれ」  塾に出かけたはずのお兄ちゃんまで加わって、僕たちはてんやわんやだ。僕はなんだかおかしくて、楽しくて、どうにも笑いが止まらなかった。  僕の目の前を、ふわり、何かが横切る。紫の蝶だ。ひらひらとまとわりついてきた。困ったな、これじゃあ前に進めないよ。香水なんてつけていないし、お花も持っていない。甘い匂いなんてしないはずなのに。 「彼らと一緒に行ってはダメだ! 彼らは君の本当の家族ではないのだから」  そこにいたのは、さっき別れたはずの不思議なお兄さんだった。ぐいっと僕は家族から引き離される。ああ、お兄さんのお仕事も詐禍さまに関係するものだったんだね。
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