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「さて、これをどうしようか」 「詐禍さまって、このままにしておくとどうなっちゃうの?」 「ちょっと困ったことになるかな。わたしの髪でいったん我慢してもらったけれど、それでも君の代わりにはならないからね」  僕の代わりかあ。困ったことってなんだろうな。僕はちょっと考えてみる。僕が詐禍さまについていったら、何が起きたかを。  お父さんは僕を殴れないから、会社であった苛々をお家で爆発させちゃうんだろうな。  お母さんは家事をしないから、家がゴミ屋敷になっちゃうんだろうな。  お兄ちゃんは僕がいないと眠れないから、他の女の人を襲おうとしちゃうのかな。  お兄ちゃんのことはなんとか、お母さんに止めてもらいたいところ。ひとさまに迷惑をかけられないからって、僕を差し出したんだから、今度はお母さんかお父さんが頑張ったらいいと思うんだ。 「詐禍さまって、誰かのそばにいたいの?」 「そうだね。誰かに必要とされたいんだ。君なら、詐禍さまの空っぽの穴にきっとうまくはまったのだろうけれど。君には、詐禍さまの隣ではなく、お日さまの下にいてほしいからね」  ウインクを飛ばして微笑みかけてくるお兄さんは、なんだかアニメかドラマのイケメンみたい。似合うから、まあいいんだけれど。 「詐禍さまも、家族が欲しいのかなあ」  いっそ僕の代わりに、詐禍さまがあの家族の仲間入りしたらどうなるのかな。やっぱり難しいかな。みんなの言うことをきかない、殴っても泣かない、にこにこ笑って何でもやってくれる今までの僕とは正反対の僕がいたら?  そこまで考えたところで、詐禍さまたちは立ち上がり、ゆっくりと歩きだした。黒いもやだったその形は、だんだん僕によく似たものになっていく。ちょっと違うのは、三人分のもやで僕を作ったせいか、僕の髪や瞳が真っ暗闇の中でもわかるくらいつやつやに光っていること。ずっと見ていると、なんだか吸い込まれてしまいそうだ。
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