1-1 扉の外1

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1-1 扉の外1

「これが今日の夕食ね」 いつものように食事を机に置き、端的に言い放つ彼女_田中心(たなかこころ)_に軽く頭を下げる。心は何をとっても私と瓜二つで、二卵性の双子…というよりは生き写しという表現が合う。 それもそのはず、なぜなら彼女は私_田中想(たなかこころ)_の『オリジナル』だから。 私は生まれた時から自我があり、物心つかない頃というものが存在しなかった。きっと、私の生まれが特殊なのが関係しているんだろう。 『コピー人間』。それが生まれたばかりの私に伝えられたのはなかなかに衝撃的だったのを今でも覚えている。 中流家庭に生まれた心になぜコピー人間が造られたのか。理由は至って単純で、全国民を対象として行われたくじでオリジナルが選ばれたためだった。 夕食に手を付けようとする。が、未だこの場に残る彼女に違和感を感じ手を止めた。普段なら、食事を運んだ後はすぐ部屋に戻るというのに。 まだなにかあるのだろうか。そう思い心に目を向けると、一瞬肩を震わせ…その後、決意したように話し出す。 「(こころ)にこれをあげる」 こちらに投げられたものを反射的に掴む。固く不思議な形状の少しひんやりとしたそれは、…この家の鍵? 「えっと、これは?」 「家の鍵よ、見れば分かるじゃない」 そんなのは見れば分かる、よく見ればご丁寧に『Kokoro's House』と書かれたタグまでついているのだから。 「いっいえ、そうじゃなくて…なぜ私にこれを?」 「今からこの家が貴女の家になるからよ」 「……はい?」 理解が追いつかない。いや、もともと私もこの家の住人だからそこまで何かが変わる訳ではないのだろうけど。 「少し長い話になるの、だから夕食を食べながら聞いてて」 そう言われ、そういえば食事が運ばれてきていたことを思い出す。 今日の夕食はチャーハンだ。とても美味しそうに見えるが、これが冷凍食品であることを私は知っている。彼女は昔から料理がどうしても苦手だった。唯一作れるものといえばうどんだが…うどんは茹でて麺汁で味を付け、好みでトッピングをするだけだ。つまり何が言いたいかと言えば、心は料理が大の苦手だ、ということだ。ちなみに、うどん以外を作ろうとすると調理器具が窓ガラスめがけて飛んでいく。 だから、田中家の食卓に出るのはいつもカップ麺・冷凍食品・パン・惣菜・弁当、そしてうどんだった。 なんて、馬鹿げたことを考える余裕がこの時の私にはあったのだ。 今考えれば、もっと彼女の違和感を覚えておけば良かった。いつも強気な彼女がなぜ怯えた様子だったのか、どんな思いで家の鍵を託してきたのか…言い出せばキリがない程に。 まさかこれほどまでに運命が動いていたのだとは知らなかった。まあ、知っていたところでなにもかも変わらなかった気もするが…。 さて、そろそろ時間が迫ってきている頃だろう。ああ、こんなことになるのならラジオぐらい買っておけば良かったかもしれない。 けれど、こんな時でも想うのはただ一つだけ。 私は、『たなかこころ』はこの世界で最も幸せな人生を過ごした、ということだ。 勿論、異論は受け付けない。
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