100年前の愚かさが今

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今から少し未来の話。医学の発展により人類の寿命は10年ほど延びていた。 「こちらのおじい様、国内最高齢の御年114歳!まだまだお元気ですね!」 「最先端の医学技術で生かされとるだけですよ。身体は改造だらけのアンドロイド爺さんです。」 「またまたご謙遜を。今でも一人暮らしで縁側でお庭を眺めるのが趣味だとか。」 「ここからは来客者がすぐわかるのでね。孫やひ孫が遊びに来るのをいち早く出迎えてやりたくてねぇ。」 嘘だった。 彼は待っているのだ。若かりし頃に放った愚かな矢が届くのを。 そのために彼は、できるだけ長く生き続けることを自らに課した。 日頃ら体力づくりは怠らず、食はバランスよく健康的なものばかり、具体の悪い箇所が見つかれば手術を厭わない。人工パーツも積極的に取り入れてとにかく延命に勤しんだ。 改築を繰り返しずっと同じ場所に住み続けているのも同じ理由だ。まさに執念により、約束の年である114歳を、住み続けた同じ場所で迎えることができた。 かつてインタビューで長生きの秘訣を聞かれた際にうっかり口を滑らせたことがある。 「使命感、ですかね。100年待たなければならないことがあるのです。」 その後は「子供のころに100年後の世界を見ようと決意した」とはぐらかし、生涯の秘密はそれ以上漏れることは無かった。使命。そう、彼は使命の炎を絶えることなく燃やし続けた。あれが届くまで絶対生きてやると。 約束の日がいつなのか、正確にはわかららない。しかしある程度の予測はあった。何度も計算して導いた結論。少し手間をかければ計算などせずとも正解はわかったのかもしれない。いや、手間さえかければその「矢」の回収すらできたかもしれない。だが彼は自然なままに、放たれた矢の軌道をずらすことなく受け止めることを選択した。悲壮感からくる決意ではあったが、人生の業でありもはや生きる原動力となっていたのだろう。 予測の期間を迎え、いつ届いてもおかしくないよう身構えた。 縁側で行う客人の監視。一人暮らしとはいえ高齢だ。家族やヘルパーは高頻度でやってくる。タイミングが重なって代理で受け取ってしまうかもしれず、それは絶対に避けねばならない。 不自然な振る舞いをして周囲に興味を持たれてもいけない。その日のために、縁側に座って客を見ることが当たり前の行為として見られるべく、ただそれだけのために長い時を縁側で過ごしてきたのだ。 警戒を怠るな。間もなくだ。間もなくあれが・・ バイクの音。郵便局の制服。 腰をあげて出迎える。 「どうも、お届け物です。」 「ありがとう。印鑑は必要かな?」 「いえ。ポストしても良いものですから。いつも直接受け取っていただいてお元気ですね。お変わりありませんか?」 「うん。いたって平凡、平和な毎日だよ。」 普段と変わらぬやり取り。 配達員が去っていくのを見届ける。 周囲を確認する。誰もいない。家族もヘルパーもやってくる気配はない。 彼はゆっくりとした足取りで家の中に入った。 来た。100年待ち続けたものがついに。 深呼吸して息を整える。胸の高鳴りを抑えねば。 ここで心臓が止まっては元も子もない。 為すべきことを為すまでは、死んではならない。 差出人を確認する。件の役所だ。封筒も間違いない。中学校こそ廃校してしまったが、区画は合併など無く100年前と変わらない。あの時と同じ役所、同じ企画名。 テーブルに用意してあるハサミで慎重に封を切った。 灰皿とライターはすでに準備してある。 中を見ずとも燃やしたい衝動にかられたが、自制した。 ここまで来て罪と向き合わないというのか。お前は100年前の愚かさを受け止める決意をしたのだろう。ならば読め。処分するのはその後だ。安心しろ。100年の時はお前に味方した。この瞬間を誰に見られることもなく、独りで迎えることができたのだ。 皺だらけの指で色褪せた紙を掴み、取り出す。かつては皺ひとつない指で、真っ白な紙だった。この手紙も随分と長い間眠っていたものだ。 今でも思い出す。中学校で行われた『100年後の家族に手紙を書こう』という区役所主催のイベント。中学生にもなってそんな子供じみたことできない、と周りの奴らは言った。手紙を書いてたのは一部の真面目な生徒だけだった。 自分もその一人だが、それは決して真面目な動機ではなかった。 さあ、手紙が出たぞ。 この字、この文章、記憶にあるままのものだ。 目に焼き付けようじゃないか。向き合おうではないか。 誰にも見せてはならない100年前の恥と。 我が生涯における唯一にして最大の後悔と。 「未来の勇者へ オッス!我が子孫よ、これは君たちに送る闇のメッセージだ。俺の名は漆黒の堕天使、ダークネス・ネオ・ルシフェル。100年の時を越えてこの手紙を受け取ったってことは、運命の歯車がガッチリ回り始めたってことだな。 【重要】 これから話すことは、絶対に他言無用だ。君らは俺の秘めた力、すなわち闇の力を受け継ぐ者たちだ。信じられないかもしれんが、マジで重要なことだからしっかり読め。君らの右目には邪眼が、左手には魔龍の力が宿っている。 まず最初の任務。古代の禁書「超霊文書」を手に入れろ。どうやって手に入れるか?それは邪眼が示してくれる。左目を隠して右目の邪眼だけで暗闇を見つめて呪文を唱えるんだ。呪文は「ネクロマクロミクロよ、ネオ・ルシフェルの名で問う。深淵(しんえん)の王が封印せし世界を破滅に導く禁書のありかを示せ。」だ。これは真夜中に、家族が寝静まった後に明かりを消してやるといいだろう。 次に「アンチ・エクスカリバー」を見つけろ。魔龍の力を持つ者だけが扱える最強にして最恐の武器だ。これなしじゃ世界は救えない。嵐が続いた日のあと、雲からさす光に左手をかざして「光よ!」と叫べ。魔龍が聖龍に転じて君らを導いてくれるはずだ。タイミングがなかなか難しいが、台風のあとなら条件が整うだろう。台風の去った翌朝にでもやってみてくれ。 仲間も重要だぞ。君らの中で信頼できる奴らと一緒に行動するんだ。闇からの刺客が紛れてくることもあるから気をつけろ。疑わしい時には水を飲ませてみみるといい。闇は真水を嫌うからすぐわかる。逆に、水を飲んでだことある奴なら信用できるってわけだ。仲間との絆は世界を救うコア・オブ・コアといえるくらい重要な鍵だ。仲間にしていいと思えるヤツと出会ったら、こっそりと「お前、水を飲んだことあるか?」と耳打ちしてみろ。 【最後のアドバイス】 闇の力は強大だ。自分が飲み込まれる可能性もある。だから心を強く持て。闇に染まってはいけない。だから闇を払うための儀式も教えておこう。一糸まとわぬ姿で鏡の前に立ち、腹と拳に力を入れて、鏡に映る自分の目をしっかり見ながら「大丈夫。まだやれる。」と力強く3回言うんだ。これはなるべく毎日行ってほしい。小さなことだが、言霊を重ねることとが重要だ。俺も毎晩やっている。 それでは新たなる勇者よ、世界の平和を頼んだぞ! 運命に抗いし者、ダークネス・ネオ・ルシフェルこと闇破"凛"斬丸より。 <追伸> 未来に届けたいオイラの中二病!!! これでわかってもらえるかな?(笑)」 (おわり)
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