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今の家を出ていくことになった。
その理由も過程もいまさら多く語るつもりはない。
ただ、全てわたしのせいで、どこかに八つ当たりしようにも出来ないし、するつもりもない。
部屋を片付けて、片付けて、片付けて…
ついにはカーテンを外して、思い出す。
あぁ、この家に引っ越してきた時も、そういえばカーテンなんてものは無かったなぁ、なんて。
急遽の引っ越しだったから、最小限の荷物だけで今の家に…今この土地にやってきた。
ようやく手に入れた家は、小さいながらも、古いアパートながらも、綺麗な部屋で。
最初に家にやってきた時は、やっと家が見つかってホッとした気持ちと、疲れと…その他もろもろの感情が入り交じり、なんにもない真っさら空っぽな部屋の真ん中に座り込んだことを覚えている。
今もまさにそんな感じだ。
なんにもなくなった。
たくさんもらった思い出の品も綺麗に片付けられ、白い壁がこれでもかというくらいに白さを主張してくる。
カーテン。
カーテンを畳みながら思った。
結局このカーテンも、半年しか出番がなかったなぁ…せっかく、用意してもらったのに。
落ち着く家の、落ち着く誰かと同じくなんだか少し似ている茶色のカーテン、気に入っていたのに。
これから始まる新しい生活。
前途多難な生活。
少しも楽しみに思えない。
それでもわたしは生きるための選択をした。
なぜなのかと聞かれたら…正直分からない。
もうなにもわたしには残っていないのに、それでもわたしはまだ死ねなかった。
わたしはこの家が…この地域が大好きだ。
お節介な人も無関心な人も入り交じり、なんだかんだで人も多く、忙しないこの街が、わたしは好きだ。
飛び交うサイレンの音も、人々の独特な方言も、澄んでるとは言い難いこの空気も。
わたしは、大好きで大好きでしかたない。
手離したくない。
でも、わたしの無力さがそれを否定する。
さみしい。
頼るべき家族というものすら、わたしを否定する言葉ばかり浴びせてくる。
久しぶりに思い出した。
あぁだから家を出たんだった。
必死に今の生活に食らいついていくはずだったのに。
なぜだろう。
わたしに酷い仕打ちをした彼ですら、わたし自身を否定することなんて無かった。
いつかの大切な誰かは尚のこと。
…でも。
わたしが間違っているのかな。
わたしは、ネットから知り合った人たちが多い。
信頼し切れるのかと言ったらお互い100%は無理だろう。
けれどそれでも、お互いの生活に干渉するほど近しくなった人もいる。
それが決して悪い意味ではなく、まるでただ普通の友人のように。
出会いがネットだからなんだって言うんだろう。
リアルで出会えば全て正しく真っ当で素敵な出会いになるのだろうか?
否。
そうじゃないことをわたしは知っている。
わたしの親に代表されるように。
親がしでかしたことは、リアルでのこと。
だからわたしは思う。
どちらが悪いのではなく、どちらが正しいのではなく、ただの手段の違いに過ぎないのだと。
けれど、それを理解してくれない人が身近にいるのは少ししんどいね。
正直、死んでも構わないとは思っているけれど、それでも、身の安全は守っている。
誰彼会うのも、適当な遊びに興じるのも辞めた。
ストレスのせいで戻らないとは…言いきれないけれど、それでも最終手段くらいにはしておこうと思っている。
わたしはわたしが得意な方法で自分の世界を形作っていく。
だってそれがわたしの人生だから。
生活が危うくなって、出来なくなって、再び全てが無にかえってしまった人間が言っていいことでは無いのかもしれないけれど。
空っぽの部屋を見てわたしは誓う。
また、戻ってくる。
同じ家に戻ることは出来ないけれど、この都道府県の中でも、特にこの地域が好きだ。
だからこそ、また戻ってくる。
きっと…必ず。
疲れるほどの人混み。
耳を塞ぎたくなる程の喧騒。
そんなこの街が、地域が、大好きだから。
空っぽの部屋。
ありがとうを込める。
たった1年半。
でも、1年半もここで生き延びた。
生かしてくれた人たちに感謝の言葉を心の中で述べつつ、わたしは部屋の鍵を掛け、握りしめる。
またね。
そんなことはもう二度とない。
今は無理。
今は、ではなく二度と。
期待しない。期待してる。
生きてなくてもいい。生きてて欲しい。
会えなくていい。会いたくて仕方ない。
相反する気持ち。
本当は…本当は言いたくないけれど、きっと本音は全て後者。
再び短くなった髪も、相変わらず既視感のある服装も、小さなカバンも、靴も、ピアスも全部、全部…
懐かしさに目を細めて小さく笑って欲しい。
大切な人の大切な人にはなれなかった。
友人ですらなかったのかもしれない。
それでもわたしは愛してる。
この街も、この地域も、全ての思い出の品も。
…いつかの誰かのことも。
ずっと、永遠に。
愛している。
重いなんて言わせない。
だって、これがわたし。
一度大切だと思ってしまったら、その思考は変えられない。
痛々しくて酷く愛おしい彼のことだって、ずっとずっと大好きなように。
握りしめた鍵が、わたしの手を離れていく。
なんだがこんな瞬間も既視感。
いつかの日、こんな風に鍵を閉めてドアポストにすべり落としたっけ。
すごく切なかったのを今でも覚えている。
ずっと覚えている。
痛みや悲しみや思い出だけを糧に成長できるほどわたしは大人じゃない。
知ってしまった温かさや幸せやたくさんの話したいことやいつかの誰かの笑顔がまた欲しい。
ずっと、欲しがっている。
それが未来に続いていってくれるのなら、初めてそれが糧になる。
生きるために死ぬ生活の始まり。
生きているのか死んでいるのかも分からない状態になるだろうけれど。
かろうじて、思い出たちに生かされながらわたしは、いつかまた。
はやくまた。
わたしが人生で初めて見つけた幸せを手にしたい。
空っぽの部屋。
さよならは言わない。言えない。言いたくない。
だから気取って言うんだよ。
…愛してる。
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