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ユカリは、しばらく家に置いてほしいなどとふざけたことを言ったっきり、承諾もしていないのに家に居座るようになった。
洗濯と掃除だけはしてくれるが、料理はできないらしい。心底ウザい。
世界が変わればいいのにとか何とか考えてはいたけれど、こんなおかしな環境の変化は正直いらない。
何の意味があるんだ。
ユカリは、小学五年生で仲良くなり、それからずっと縁がある友達だ。
しょっちゅう遊んだりはしないけれど、大人になった今でも、たまに会って話をする。
大抵お互いの近況報告、と言いたいところだが、大抵ユカリの近況報告だ。
まあ無理もない。私が自分のことを話したがらないから。
彼女の話はいつも明るかった。彼氏ができた話、仕事が順調な話、それと、友達の結婚式に行く話。
懐かしいあの人に会ったとか、あの人は今こうしているだとか、なんかそういう、人脈の広そうな話をする。
別に他人のことなんて興味はなかったけれど、そんな話を聞いている方が楽だった。自分の話をするよりも。
私が話すと、愚痴しか出てこないから。
「私、もうすぐ結婚するの」
「は!?」
無理矢理にやらせている食器洗いを、不器用そうにやりながら、彼女は唐突にそう言った。
泡のついた手をそのままに、私の方を振り返って、きゅるんとピースをする。
可愛くない。
「じゃあなんでここにいるんだよ」
「え?なんでって?」
「だから、結婚するならそいつのとこ行けばいいだろ」
私は、住む家がなくなったとか、そういう理由で彼女はうちに来たと思っていたのだ。
どうやら違ったらしい。ユカリは私の言葉に、心底不思議そうに首を傾げている。
「いやいや~だって一緒に住んでるのに?」
「住んでるのかよ!じゃあ何、喧嘩とか?」
「ううん、仲良しだよ。だーいすき」
かわいこぶってそう言ったユカリと、その結婚相手の「将也くん」とやらは、本当に結婚間近のラブラブカップルらしい。
なんなんだ。
それなら余計、うちに来た意味がわからないじゃないか。
「あっそ。なら、なんでうち来たんだよ。何かあるのか?」
「うん。アカネに会わなきゃダメだな~と思ったの」
「は?なんで」
「だって~……なんかすごい愚痴言ってたから?」
ユカリの言葉に、私は考える間もなく、心当たりに思い当たった。
ツイッターの裏アカウントに、私が三日前に投稿した愚痴のことだろう。
見てたのかよ。別に見なくていいのに。
「あれは別に、一時の感情の昂ぶりというか」
「話聞かなきゃかな~って思ったの!なんか悩んでるっぽかったし」
「……いいよそんなの」
そんなガラじゃないだろ、お前。
会ったときには、私のことなんてそんなに聞いてこないくせに、彼女はいつもそうだ。
私が裏で漏らす、そういう愚痴だけはちゃんと見ている。
とはいえ、自主的に、そのためだけに私のところへ来て、心配してくれるなんてことは今までなかった。
何の気の迷いなのかと、私は彼女の心配を素直に受け取らず、猜疑のこもった目を向けた。
「ね、大丈夫?しんどいならさ、話聞くよ?」
「……いいよ。別に大したことないし」
「小説、進んでるんだっけ?」
だから、なぜかやたらと私の書く小説のことを聞いてきていたのか、と思う。
ユカリは何かと、どうなの、どんななの、と、いつもは聞かないことを質問してきていた。この家に来てから何度も。
その度に、あまり多くを話したくない私は、そんなに言うなら読んでくれと、自分の小説を読むよう勧めた。
でも、彼女は一度も読んでくれていない。
「まあ、うん。大丈夫だよ。愚痴なんていつものことだ」
「本当?でも私、アカネの親友として、結婚する前に手を差し伸べてあげたかったんだよね」
「……。なんかムカつくな」
「え~なんで?結婚前に忘れ物を取りに来た、みたいな感じよ」
「意味がわからない」
いらぬお節介、としか言いようがない。それに、最後のセリフ、決め台詞みたいに言うな。
呆れる。
いざというときに助けようと思うなら、私の書いた小説、読んでくれればよかっただろ。
大丈夫?とか、そんな言葉。
矛盾している。彼女の行動は、私を助けるどころか、私の心を追い詰めている。
結局、自分の人生が優先、なんだろう。
まあ当たり前だ。
「お前なんて、洗剤で手めちゃくちゃに荒れてしまえばいいよ」
「げ、ほんとだやばい!皿洗い途中だった」
泡まみれの手を振り回しておいて、うっかり忘れてたみたいに言うなんて、馬鹿以外の何者でもない。
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