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「ない。あっても言わない」
「え~なんで?」
「言いたくない」
「なんで?ツイッターではいつも愚痴ってるのに?」
「……っ、うるさい」
仲の良い人間、少なくともユカリには見られることがわかっている場所で、私は愚痴を吐いている。それなのに、直接会ったときは何も話さない。
今みたいに、何かないのと聞かれても、「ないよ」と言って笑っている。
でも、裏では愚痴ばっかりだ。
気分悪いよな。言わないくせに、聞いてほしいみたいに。
責められているような気がした。口篭って突っぱねた私に、ユカリはまた同じことを言う。
「小説、どうなの?アカネは小説家になるのが夢なんだよね?」
「……そうだよ」
「でも、辛いんだよね?大変なんでしょ?」
平気でそんなことを言ってのけるなんて、本当にどういう神経をしているんだろう。
馬鹿にしている。ユカリは、私を。私の小説を。……夢を。
私は深いため息を吐いて、怒りが湧いてくるのに気づかないふりをした。
「こんなこと、慰める方法なんてひとつしかない。あなたの小説はおもしろい、天才だ、才能あるよって、そう言うしかないだろ」
「え?」
「そんな相談、友達になんかできるわけない」
「私、そんなこと言わないよ?」
「っうるさい!」
思わず声を荒らげてしまった。大きく息を吐く。ユカリの方を見られなかった。
否定されるのもごめんだ。
まだまだやれる、ここが駄目だと叱咤激励されても、絶対に受け入れられない。
出てくるのは反発だけだ。
だって、私がそう思っていないから。
「知ってるか?小説ってな、読んでもらうのが一番難しいんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。どこに投稿して、どこで宣伝したって、ほぼ見てもらえない」
「ふうん……」
「笑えるだろ。これなんか、ゼロだぞ?何かの間違いみたいだろ」
私はスマホで開いた自分の小説を掲げて、ろくに見せもせずそう吐き捨てた。
嘲るように笑ってみせる。もういいから、お前も笑ってくれよ。
馬鹿みたいだろ。こんなんで、本気で目指してるんだなんてほざいてさ。
「何が悪いのか知りたくて、ランキングが上の小説を読んだりもしてみたんだ。でも、何がいいのかわからない」
あるのは、不倫とか、ドロドロした恋愛が題材のものばかり。もしくはボーイズラブか。
そうじゃないものを見ても、全然わからなかった。
「文章もさ、全然なんだよ。私の方が絶対上手い。情景も見えないし、よくわからない。なのに、なんで私のより読まれてるんだ?」
有名人が書いた小説なんか見ると、吐き気がした。
文章が下手でも、中身がどうでも、有名だから手に取ってもらえる。ファンが買ってくれて、増刷されて、すごいって言われて。
読んでみたよ。ふざけんなって思ったよ。そんなんでいいのか。
昔、言われたことがある。文章力が無いから、何が言いたいのかわからないって。
そんなのいらないじゃないか。
「これのどこがいいんだよ。何が評価されてるんだよ?どうすれば、私のも読んでもらえる?読んでもらえないんじゃ、評価もされないのに」
本当はこんなこと、言ってはいけないってわかっている。
みんな一生懸命書いている。それぞれにそれぞれの良さがある。第一、私の作品が求められないのは、それでも、他の作品の方が何か惹かれるものがあるから。
読者は読みたいものを読む。読んでもらえないことに、文句なんて言ってはいけない。
「どんだけ一生懸命、身を削って書いても、見向きもされない。もう……もう、疲れた」
ダサい。
本当、心底呆れる。
やりたいから、自分の意志で始めたんじゃなかったのかよ。
それなのに、文句ばかり言うなんて、馬鹿なんじゃないのか。恥ずかしいよ。
好きだったのに……好きなのに、こんなこと。疲れた?なんだよそれ。
胸が痛かった。
言ってしまった言葉を取り消したかった。
こんなこと思いたくもない。思っていないことにしたい。言いたくない。
夢なんて、前向きに頑張ってこそだろ。
こんな私なんか、私でも応援したくないよ。
ああ、くそう。
嫌いになんか……なりたくなかったのに。
「いいな~。楽しそう」
「……は?」
圧倒的に呑気な、意味不明な言葉が聞こえて、私は顔を上げた。
ユカリの方を見ると、彼女はニコニコ笑っている。言葉通り、本当に楽しそうに。
馬鹿に……しているのか。
「変わってないなぁ、アカネは。いつも好きなものに一直線で」
「は、何を……」
「色んな感情が溢れてて、ほんと楽しそう。よかった~。好きなことやれてるんだね」
「……」
本当に、馬鹿にしているのかと思った。
でも、なぜだかすんなり入ってくるその言葉に、しばらく考えて、なるほどその通りだからか、と気付いてしまう。
そうだよな。
好きだから、私は振り回されている。好きだから湧いてくる、醜い感情に。
「……腹立つ」
「え、なんで?」
「お前さ……ほんと、馬鹿にしてるだろ」
「そんなわけないじゃん!」
大袈裟にそう言って騒いでいるユカリを見ていると、私はなんだか気が抜けてしまった。
心を埋め尽くしていた黒い煙は、なぜだかどこかへ消えていく。代わりに、ユカリに対して呆れる気持ちでいっぱいになった。
私は言い返すのを諦めて、騒ぐ彼女をそのままに、もう一度唐揚げを持ち上げる。
なんだかコイツに悩みをぶちまけてしまったように思えて、かなり不服だ。
でも、こんな能天気な奴がいるから、世界は平和、なのかもしれない。
なんてな。
好きだから、だって、ただの綺麗事だ。
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