黒い煙

4/5
前へ
/5ページ
次へ
「ない。あっても言わない」 「え~なんで?」 「言いたくない」 「なんで?ツイッターではいつも愚痴ってるのに?」 「……っ、うるさい」  仲の良い人間、少なくともユカリには見られることがわかっている場所で、私は愚痴を吐いている。それなのに、直接会ったときは何も話さない。  今みたいに、何かないのと聞かれても、「ないよ」と言って笑っている。  でも、裏では愚痴ばっかりだ。  気分悪いよな。言わないくせに、聞いてほしいみたいに。  責められているような気がした。口篭って突っぱねた私に、ユカリはまた同じことを言う。 「小説、どうなの?アカネは小説家になるのが夢なんだよね?」 「……そうだよ」 「でも、辛いんだよね?大変なんでしょ?」  平気でそんなことを言ってのけるなんて、本当にどういう神経をしているんだろう。  馬鹿にしている。ユカリは、私を。私の小説を。……夢を。  私は深いため息を吐いて、怒りが湧いてくるのに気づかないふりをした。 「こんなこと、慰める方法なんてひとつしかない。あなたの小説はおもしろい、天才だ、才能あるよって、そう言うしかないだろ」 「え?」 「そんな相談、友達になんかできるわけない」 「私、そんなこと言わないよ?」 「っうるさい!」  思わず声を荒らげてしまった。大きく息を吐く。ユカリの方を見られなかった。  否定されるのもごめんだ。  まだまだやれる、ここが駄目だと叱咤激励されても、絶対に受け入れられない。  出てくるのは反発だけだ。  だって、私がそう思っていないから。 「知ってるか?小説ってな、読んでもらうのが一番難しいんだよ」 「そうなの?」 「そうだよ。どこに投稿して、どこで宣伝したって、ほぼ見てもらえない」 「ふうん……」 「笑えるだろ。これなんか、ゼロだぞ?何かの間違いみたいだろ」  私はスマホで開いた自分の小説を掲げて、ろくに見せもせずそう吐き捨てた。  嘲るように笑ってみせる。もういいから、お前も笑ってくれよ。  馬鹿みたいだろ。こんなんで、本気で目指してるんだなんてほざいてさ。 「何が悪いのか知りたくて、ランキングが上の小説を読んだりもしてみたんだ。でも、何がいいのかわからない」  あるのは、不倫とか、ドロドロした恋愛が題材のものばかり。もしくはボーイズラブか。  そうじゃないものを見ても、全然わからなかった。 「文章もさ、全然なんだよ。私の方が絶対上手い。情景も見えないし、よくわからない。なのに、なんで私のより読まれてるんだ?」  有名人が書いた小説なんか見ると、吐き気がした。  文章が下手でも、中身がどうでも、有名だから手に取ってもらえる。ファンが買ってくれて、増刷されて、すごいって言われて。  読んでみたよ。ふざけんなって思ったよ。そんなんでいいのか。  昔、言われたことがある。文章力が無いから、何が言いたいのかわからないって。  そんなのいらないじゃないか。 「これのどこがいいんだよ。何が評価されてるんだよ?どうすれば、私のも読んでもらえる?読んでもらえないんじゃ、評価もされないのに」  本当はこんなこと、言ってはいけないってわかっている。  みんな一生懸命書いている。それぞれにそれぞれの良さがある。第一、私の作品が求められないのは、それでも、他の作品の方が何か惹かれるものがあるから。  読者は読みたいものを読む。読んでもらえないことに、文句なんて言ってはいけない。 「どんだけ一生懸命、身を削って書いても、見向きもされない。もう……もう、疲れた」  ダサい。  本当、心底呆れる。  やりたいから、自分の意志で始めたんじゃなかったのかよ。  それなのに、文句ばかり言うなんて、馬鹿なんじゃないのか。恥ずかしいよ。  好きだったのに……好きなのに、こんなこと。疲れた?なんだよそれ。  胸が痛かった。  言ってしまった言葉を取り消したかった。  こんなこと思いたくもない。思っていないことにしたい。言いたくない。  夢なんて、前向きに頑張ってこそだろ。  こんな私なんか、私でも応援したくないよ。  ああ、くそう。  嫌いになんか……なりたくなかったのに。 「いいな~。楽しそう」 「……は?」  圧倒的に呑気な、意味不明な言葉が聞こえて、私は顔を上げた。  ユカリの方を見ると、彼女はニコニコ笑っている。言葉通り、本当に楽しそうに。  馬鹿に……しているのか。 「変わってないなぁ、アカネは。いつも好きなものに一直線で」 「は、何を……」 「色んな感情が溢れてて、ほんと楽しそう。よかった~。好きなことやれてるんだね」 「……」  本当に、馬鹿にしているのかと思った。  でも、なぜだかすんなり入ってくるその言葉に、しばらく考えて、なるほどその通りだからか、と気付いてしまう。  そうだよな。  好きだから、私は振り回されている。好きだから湧いてくる、醜い感情に。 「……腹立つ」 「え、なんで?」 「お前さ……ほんと、馬鹿にしてるだろ」 「そんなわけないじゃん!」  大袈裟にそう言って騒いでいるユカリを見ていると、私はなんだか気が抜けてしまった。  心を埋め尽くしていた黒い煙は、なぜだかどこかへ消えていく。代わりに、ユカリに対して呆れる気持ちでいっぱいになった。  私は言い返すのを諦めて、騒ぐ彼女をそのままに、もう一度唐揚げを持ち上げる。  なんだかコイツに悩みをぶちまけてしまったように思えて、かなり不服だ。  でも、こんな能天気な奴がいるから、世界は平和、なのかもしれない。  なんてな。  好きだから、だって、ただの綺麗事だ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加