虹の根元で導いて

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「だから、虹が見えるのは太陽を背にした状態で、太陽の光に対して42度の角度だから、根元には絶対近づけなくて……」  ノートに虹が見える位置について書き出していく。虹は太陽光が雨粒を通る際に屈折と反射することによってできる。虹が見えるのは太陽光の方向に対して42度の角度の位置になる。だからどれだけ近づこうと思ったところで、根元に辿り着くことはできない。 「さすがハカセだけど! 私はどうしても虹の根元が掘りたいの!」  根元にたどり着くことができないことは納得してもらえたけど、和泉さんは諦めそうにない。和泉さんは僕に向かって両手を握り締めて意気込みを語る。何がそんなに和泉さんを駆り立てるのかわからないけど、できないものはできないわけで。 「お願い、ハカセ! 一緒に虹の根元を掘る方法を考えて!」  僕が首を横に振ると、和泉さんはパンっと両手を合わせて僕を拝んだ。物理的にできないものはできないのだけど、そこまで一生懸命な様子の和泉さんを切り捨てることもできなくて。  自分で書いたノートの図をじっくり見る。太陽と人と虹の位置関係を描いた図。虹の根元に辿り着くことはできないけど、見かけ上の根元は確かに存在する。 「……僕から見た虹の根元を和泉さんが掘ってみる、とか?」  イラストの虹の根元に人の絵を描き足す。僕の視点からでは和泉さんが虹の根元を掘っているように見えるはずだ。問題は和泉さんからは僕が見ている虹が見えない。和泉さんにとっては何でもない地面を掘ることになる。それに、どこに虹ができるかはその時の気象条件次第だから、事前に待ち構えておくこともできない。 「つまり、虹ができたら全力でそこに向かえばいいってことね! 任せて、体力には自信あるから!」  和泉さんは底抜けに前向きで、瞳が夏の太陽のようにギラギラしていた。そういえば、記憶の奥底の和泉さんは熱中すると留まることを知らなかった気がする。あれから変わってなければ、この状態の和泉さんにはどれだけできない理由を並べても止まらないだろう。 「うーん。太陽の位置は大体わかるから、虹の高さがわかれば根元の位置は計算できるかな……」  ノートに書き込んだ図を元に計算の仕方を考えてみる。観測位置と太陽の位置、虹の高さがわかれば、原理的には三角関数で虹の根元のだいたいの位置を計算できるはずだ。瞳をキラキラとさせて和泉さんはそのノートを覗き込んでいる。 「すごいよ、ハカセ!」  その勢いのままで和泉さんは僕の手を両手でぎゅっと握りしめた。 「お願い、ハカセ。虹の根元を掘るの、手伝って!」  キラキラギラギラの瞳に抗うことはできなくて、僕は自由すぎる自由研究を手伝うこととなった。
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