虹の根元で導いて

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「ハカセ。何これ?」  翌日、十五時に昨日と同じ図書館のエントランススペースに集合した和泉さんにノートパソコンの画面を見せると、和泉さんはきょとんとした瞳で首を傾げた。 「虹の高さを入力したら、太陽の位置とかから根元の距離を計算できるプログラム。一応作ってみたんだけど」 「え、昨日の今日で? ハカセ、ホントすごいね」 「計算式入れただけの簡単なやつだし……」  プログラムの組み方は昔興味半分で読んでいたプログラミングの本を参考にして、というかほとんど丸パクリして組み上げた。これと地図と組み合わせれば、根元の位置がだいたいわかる。  もっとも、そこからは和泉さんが全力でその場所まで自転車を漕ぐというアナログな作戦になるんだけど。図書館の外を見ると、和泉さんの自転車にはおばあちゃんの家から借りてきたというゴツいスコップが立てかけられている。 「じゃあ、あとは雨が降るのを待つだけだね!」  そう言って和泉さんが取り出したのは、逆さ吊りのてるてる坊主だった。ちょっとシュールだけど、この自由研究は雨が降ってくれないことには始まらない。外を見ると、濃い蒼空に大きな入道雲が浮いている。この感じなら夕立も期待できそうだけど、こればっかりは信じて待つしかない。  そこからは和泉さんと雑談――タイムカプセル掘りの話とか、同級生だった頃の昔話――をしながら雨が降るのを待つ。僕が和泉さんと一緒にいたのは三年生くらいまでだったけど、不思議ともっと一緒にいたような感じがする。そういえば、よく図書室に入り浸って色々と話していたような。  ところで、虹ができるまで僕たちはここから雨が降るのを待ち続けることになる。僕はどっちにしろ図書館に通い詰めるつもりだからいいのだけど、和泉さんは昼過ぎまでは別行動とはいえ、貴重な一週間をここで僕と費やすことになってもいいのだろうか。 「あれ、ハカセ。外、暗くなってきてない?」  僕の考えなど杞憂だというかのような和泉さんの声に外を見ると、さっきまでジリジリとした陽が差していた薄暗くなっている。窓に近寄ると、辺りは分厚い雲で覆われていた。まもなくポツリポツリと雨粒が落ちてきたかと思うと、そのまま窓をたたきつけるような雨が降り出した。 「ね、ね。ハカセ! いいんじゃない! 虹できるかな?」 「あとは、雨があがって陽が射してくれば……」  遠くには青空が顔をのぞかせているところもあるし、しばらくすれば雨は上がると思う。となりではてるてる坊主をもとの向きに戻した和泉さんが空に向かって祈っている。てるてる坊主ってそんな都合よく頭の向き変えていいんだっけ。  僕のそんな疑問をよそに、和泉さんの祈りが通じたかのように雨の勢いは弱まっていき、光の筋が一本、二本と射しこんでくる。 「虹だ!」  和泉さんの弾んだ声。その視線の先にはしっかりとした虹が浮かんでいる。ちゃんと虹を見るのは久しぶりで、一瞬呆けたように見つめてしまってから急いでプログラムに目算の虹の高さを入力する。  すぐに今の位置からの虹の根元までの距離が計算された。その情報をWebの地図サービスに入れ込むと、虹の根元の位置がわかる。 「ここ、おばあちゃんの畑だ!」  そう声をあげた和泉さんはまだ雨がパラついているにも関わらず図書館の外へと駆け出して行った。思わず後を追いそうになったけど、僕はここで虹を見続けなければいけない。ちょっと滑稽な気もするけど、これも和泉さんのためだ。  和泉さんはスコップとリュックをひょいッと背負うと、自転車のペダルを蹴って虹の根元の方へと勢いよく進んでいった。
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