虹の根元で導いて

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「納得いかない」  服のあちこちに泥を跳ねさせて帰ってきた和泉さんは不満げに頬を膨らませている。当然だけど、僕から見える虹の根元を掘っても宝物など出てこない。宝物が出るまで続けると言われたら、それはさすがにどうしようかと思ったのだけど、和泉さんの考えは少しだけ違った。 「一人で掘ってダメなら、二人で掘ればいいのでは」 「それだと、虹の観測役がいなくなるんじゃ……」  僕まで虹の根元を目指したら、そこは虹の根元でも何でもなくなる。 「カメラとかで撮ってたらダメかな?」  確かに、掘ってる人からすれば虹は見えないのだし、僕が見ててもカメラが見てても変わらないのかな。そもそも虹の根元を掘る定義がわからないので、和泉さんがいいと思えばいいのかもしれない。僕があいまいに頷くと和泉さんはニカッと笑みを浮かべた。 「じゃあ、明日からはハカセのスコップも持ってくるから!」  和泉さんの瞳がキラキラとしている。とにかく、和泉さんはまだ虹の根元から宝物を掘り出すことを諦めていないようだ。普通に考えれば面倒ごとに巻き込まれているはずなのに、不思議と嫌な感じはしなかった。 *    とんとん拍子に虹が出た初日と違って、二日目からは待てど暮らせど虹が出ることはなかった。雨が降らなかったり、逆に一日雨が降ってたり。その間、毎日十五時になると図書館に集まって、外を見ながら雑談したり、それぞれ借りてきた本を読んだりしながら過ごした。  結局、和泉さんがこの町を発つ前日になっても虹は出なくて。この町に帰ってから和泉さんが一番長い時間を過ごしたのが図書館になってしまった。それでいいのか気にはなっていたけど、聞いてみる勇気はなかった。 「ね、ハカセは将来何になりたいとかってもう決まってる?」  紙パックのカフェオレを飲みながら和泉さんが首をかしげる。外は快晴で雲はあるけど少し遠い。雨が降る気配はないけど、和泉さんが焦る様子はない。 「一応、文系に進んでて」 「ハカセなのに」 「それはみんながそう呼ぶだけだから」  小学生の頃、眼鏡をかけてずっと本を読んでいたらその呼び方が定着していた。だけど、僕は本から色々学ぶのは好きだけど、新しい何かを生み出したり何か一つの分野を突き詰めたりっていうのはできないと思う。 「まだ漠然としてるけど。出版とか流通とか、本に関わる仕事したいなって」  いつから考えていたのかはもう覚えていないけど、ずっと好きだった本に携わって生きていけたらいいなと思ってる。僕のコミュ力で出版社とか入ってやっていける自信はあまりないけど。  向かいに座る和泉さんが小さく息を吸う音がして、それからその表情がほろりと崩れた。 「やっぱりハカセだ」 「さっきと言ってること逆じゃない?」 「いいのいいの! ハカセがハカセのままってことが嬉しいんだから」  和泉さんは再開してから一番の満面の笑みだけど、その言葉の意味はよくわからなかった。 「和泉さんは何になりたいの?」 「小説家になりたいなって」 「小説家?」 「うん。絵本作家とかエッセイストとかも考えたけど、やっぱり私に向いてるのは小説かなって」  一瞬呆気にとられてしまったけど、高校の自由研究で虹の根元を掘ってみようなんて自由な発想ができる和泉さんなら、新しく何かを創り出すことは向いてるのかもしれない。  和泉さんが挙げたのはジャンルは異なりながらもどれも創作に関わるものだ。そこに何か和泉さんのこだわりを感じるような―― 「見て、ハカセ! 虹だよ!」  和泉さんの弾んだ声に思考が中断する。  雨なんて降ってないと思ったけど、和泉さんの言葉の通り少し離れたところから向こう側に厚い雲が浮かび、その下に虹がかかっていた。いつの間にか局所的に雲が発達して雨が降っていたらしい。  急いでパソコンに虹の高さを入力する。だけど、その結果を地図に入れるより先に和泉さんが僕の手をグイっと引いた。 「行こう、ハカセ! 一週間前と同じ場所だよ!」
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