虹の根元で導いて

6/6
前へ
/6ページ
次へ
 すごい勢いで自転車を漕いでいく和泉さんにどうにかついていく。角度の関係かもう虹は見えないから、和泉さんに引き離されないついていくしかない。  水たまりを切り裂きながら、自転車は田園地帯に差し掛かる。雨が降った後の土のにおいが辺り一帯に広がっていた。  畑の間の道をしばらく進んだところで和泉さんは自転車を停めると、パッとスコップを背負ったまま畑へと駆け出していく。僕も後を追うと、和泉さんは一度掘り返したような跡の前に立っていた。 「ハカセ、ここ掘ろう!」 「念のため聞くけど、畑掘っていいの?」 「あとで埋めるならいいよっておばあちゃんが」  和泉さんに促されるまま土にスコップを入れる。湿って締め固まってるからか、ずっしり重い。これは思ったより重労働になるかもしれない。スニーカーやズボンに泥が跳ねるのもすぐにどうでもよくなって、和泉さんと無心で畑を掘る。ここが本当に図書館から見えた虹の根元かもわからないし、そうだとしても宝物なんて埋まっているはずがないわけで。  じゃあなんでこんなことに付き合ってるのかといえば、和泉さんの放つギラギラとした熱量にいつの間にか当てられてしまったのだと思う。  そんなことを考えながらスコップを突き刺すと、それまでと違う感触。カンっと硬い感触に穴の中を覗き込むと太陽の光を反射して何かが光った。周りの土を手でどけると、埋まっていたのは古ぼけた四角形のクッキー缶だった。   ――まさか、これが宝物? 「ね、ね。ハカセ。早速開けてみてよ!」  缶を穴から取り出してみると、ワクワクした様子の和泉さんと目が合った。そのキラキラした瞳に促されるように慎重に缶の蓋を開く。 『十年後の加瀬一葉へ』  入っていたのは封筒が一枚。その文字は慣れない漢字をつたなくも一生懸命書いた形跡があった。その文字がすぐに読めたのは、見覚えがあったから。  もう一度和泉さんの方を見ると、ちょっと不器用なウィンクが返ってきた。やられた。天を仰ぎ見ると曇り空はどこかに行っていて、澄んだ青空が広がっていた。多分ここはもう虹の根元ではなくなってるだろう。  これは、十年前に埋めたタイムカプセルだ。まさか、最初に虹が出るときにこれを埋めていたのだろうか。 「もしかして、最初からそのつもりで……」 「えへへ。ハカセにも同じワクワクを体験してほしくて。もしかして、本当に私が自由研究で虹の根元を掘ると思った?」  もしかしたら和泉さんならあり得るかなって思ってたけど、僕はあいまいに笑って答える。上手く笑えていたかはわからないけど。  頬を膨らませてむっとした表情を浮かべる和泉さんから逃げるように封筒を開くと、便箋と写真が一枚ずつ。 『しょうらいのゆめ アイちゃんといっしょに本をつくる!』  一緒に入っていたのは、図書室と思しき場所で一冊の本を二人で読む和泉さんと僕の姿。当時写真を入れた記憶はないから、先生がサプライズで入れてくれたのかもしれない。 「ほらね、ハカセはハカセだ」  和泉さんが僕に肩を寄せて便箋と写真を覗き込む。雨上がりの匂いにふわりと和泉さんの香りが混ざって、記憶の奥底が呼び起された。  いつの間にか、忘れていた。あの頃は一人で本を読んでいたと思っていたけど、僕の隣には和泉さんがいた。  和泉さんが転校した後は実際に一人になって、それが寂しくないように、いつしか僕は楽しかった記憶に蓋をした。  まるで、手紙を入れた缶に蓋をして埋めてしまったように。 「もし虹が出なかったら、どうするつもりだったの?」 「その時は、おとなしく私が掘り出して、帰る前に渡すつもりだったよ」 「どうして、そこまで……」  隣にしゃがむ和泉さんが鞄の中から封筒を取り出す。宛名のところには「十年後の和泉藍へ」と書かれている。 「これ読んだら、どうしてもハカセに会いたくなって。普通にあったりするだけじゃつまらないなって」  封筒を見ながら和泉さんがふわりとはにかむ。それまで夏のような熱量を発し続けていた和泉さんが、今はどこか穏やかな春風のようで。 「……って、見せてくれないの?」 「だって恥ずかしいし」 「え、僕の見たよね?」  和泉さんは一層にっこりと笑顔を浮かべて、そのまま何も言わずに僕に背を向けた。そのまま軽く伸びをして、自転車の方に向かって歩き出す。そしてそのまま自転車にまたがった。 「え、ちょっ、この穴は!」 「雑草とか埋めるのに使うから、おばあちゃんがそのままでいいって!」  最後にとびきりの笑顔を見せた和泉さんは自転車のペダルを蹴って、元来た道に漕ぎだした。慌ててその後を追うけど、僕がどれだけ全力で自転車を漕いでもその距離は縮まらない。   「和泉さん、待ってよ!」 「ハカセ! 時間は有限なんだよ!」  どうやっても僕にタイムカプセルの中身を見せるつもりはないらしい。その背中を急いで追う。和泉さんの便箋には何が書かれていたのだろう。 「……アイちゃん!」  恥ずかしいのを押さえながら呼びかけると、和泉さんの自転車がぐらりと揺れた。右に左にグラグラ揺れて、それでも前に進んでいく。 『アイちゃんといっしょに本をつくる!』  僕が閉じ込めていたその夢と、和泉さんの将来の目標が無関係じゃなければいいなと思う。それを確かめるには、やっぱり和泉さんの便箋を見せてもらわないと。    改めてペダルを蹴る前にふと振り返ると、西の空から降り注ぐ光が雨上がりの空に虹の橋をかけていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加