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平家の血を継ぎ生まれた男子として。
何か一つでも、守り抜きたい。
だが生まれた頃より病弱な敦正には儚い望みだ。平家と源氏の争いは過酷さを増し、伯父である平清盛の命により兄たちも出陣している。
だが胸痛により走る事さえままならない敦正は、京の平家屋敷の奥深くの部屋で迫る死に向かって浅い息をする日々だ。
咳病が移るのを恐れて世話人しか来ないため、人の気配に敏くなった。武家の男子として気配を悟れて一人前だが、戦に赴けぬことは生き恥である。
しかし、身内にだけは優しい清盛の情けにより敦正は息を許されている。薄暗い部屋で、身体を蝕む病の痛みに死ぬまで耐える許しだ。
敦正は夜中に胸を突き刺す痛みに目が覚める。
毎夜、深く眠れぬ苦痛は秘め事だ。知られてしまえば寝る間にも始終、看病と言う名の見張りが付く。いつ死ぬのかこいつは、今日か、明日か、人の眼差しはそう語る。
敦正は床に手をついて身体を起こし、胸を擦る。敦正は障子を開けようと常人の三倍の時間をかけて立ち上がった。近頃は世話人が障子を開けて庭を見せてくれることさえない。
足に畳のざらつきを感じながら障子の傍に寄る。今宵は薄暗い。障子を少し開くと初秋の風が敦正の頬を撫でた。かさついた秋の匂いに触れて、敦正はまだ生きていると知る。
障子の隙間から庭を見回すと人の気配があった。夜に目を凝らすと庭に立つ人物像がくっきりした。
敦正と同じ十五ほどに見える背丈の女子だ。彼女は、真剣に手首を見つめ、手には包丁を持っていた。どきりと敦正の胸がざわめく。
敦正は障子を開き縁側に立った。大きな風に押され、月の顔を隠す雲の仮面が剥がれる。月光が煌々と辺りを照らし、庭に佇む女を浮かび上がらせた。
彼女は、痛ましい姿だった。
顔は血が滲む生傷と痣だらけ、白い衣から伸びる手足にも同様の傷が。黒い髪もばらばらと長さが不揃いだ。だが、彼女が雨粒のような涙で頬を濡らす姿は光が滲み出すようで目を惹かれた。そんな彼女が己の首に向かって包丁を高々と掲げた。
彼女、自害する気だ。
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