私たちさえいなければ

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敦正は思わず縁側を飛び降りて走った。敦正は間に合わない距離を埋めようと彼女の体に飛びついた。 「やめろ!」 「っ!」 彼女は思いのほか小さく、敦正が彼女の上に多い被さって地面に着地した。敦正は彼女の手から包丁を奪う。 「や、めた方がいい」 思わず走ってしまった敦正は胸の鼓動が大きすぎて息が乱れた。押し倒した彼女からか細い声がした。 「離れてください。あなたが穢れてしまいます」 彼女は敦盛の目を惹いて止まないのに、なぜ穢れているなどと言うのか。彼女の目尻からは涙が滲み出し、敦正の胸にまで痛みが伝わる。同時に、彼女を引き止めたいと胸が鳴いた。 「あなたは穢れてなどいない。どうか命短し者の前で死なないでくれ」 彼女は顔を顰めて綺麗な涙を落とした。彼女の手を引いて座らせると、敦正の胸が急激に縮んだ。 「げほっ…ッ!」 「ど、どうしたの?」 敦正は激しい咳を繰り返し喉がひゅうと奇妙な音を立てる。彼女は慌てふためき立ち上がった。敦正は息も絶え絶え彼女を見上げる。 「どこへ、行くつもりだ?」 「人を呼んで来ます」 今にも手を振り払って走り出そうとする彼女の手首を敦正は放さなかった。 「行ってはい、けない。貴女は白罪だろう?どんな目にあうか」 「それでも私、行かなくてはいけません。あなたを、助けなくては」 彼女の意志の固い声を聞いて、本気で人を呼ぶつもりであるとわかった。人目を忍ばねばならぬ彼女が、敦正のために人を呼ぶ気でいる。敦正は彼女の細い手首を強く握った。 「人は呼、んで欲しくない。部屋に、枕元に薬が」 「薬……!」 胸痛に耐える敦正の額に汗が玉になって光る。彼女が敦正の部屋へと駆けこみ水薬を運んできた。彼女は敦正が薬を飲むのを手伝い、発作が収まるまで背を撫で続けてくれた。とうに忘れた、背に触れる人の感触に敦正の目頭が痛んだ。 「ありがとう……」
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