「黒の羽根が舞い落ちる時」

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 さっき、懐中時計を買ってから、歩いていた道だ。  少し先に、皆と待ち合わせた店が見える。……何も、事件が起こっていないように、見える。  分からない。  分からないけれど。  オレは、走り出した。 「おーい!」  呑気にオレに手を振る皆。  生きてる? ……生きてる。 意味は、分からない。でも、まだ、生きてる! 「今すぐ、こっちに来て!!」  道路の反対側から、オレは必死で呼ぶけれど。 「はー? お前が来いよー? どしたー??」 「早くこーい」  皆はのんきに笑って、オレに言ってくる。  もうあと、少し。詳しく説明してる暇も、車を止める術も無い。  そこに居ちゃダメなんだ……! そう言ってもきっと、分かってはくれないだろう。 「……っっ……頭痛くて死にそうなんだ……! 早く来て……!!」 「は??」  道路を挟んで、オレが頭を押さえながら言うと、皆驚いた顔で立ち上がって、そのまま店を出た。すぐに道路を渡って、オレのところに来てくれた。  その瞬間。  さっきの車が――――さっきとまったく同じに、店に突っ込んだ。  でも……こいつらはここに、居たから。  被害者は、出なかった。  店は大変、だろうけど。 「うわ、やっべー!!」 「オレらあそこに居たら……」 「マジか……」  三人はあまりのことに、呆然としてる。 「――――っ」  生きてる三人に、思わず抱き付いてしまった。 「うわ、どした……え、泣いてんの?」 「何々、頭痛いんだっけ?」 「とりあえず病院行くか」  良く分かんないけど、良かった。  ……何だよ、これ。……今の、何だったんだよ……。  頭痛は治ったと伝えて、でも今日は気分が悪いから帰ると言ったら。  じゃあ家まで送ってってやるよ、と言われた。 「つか、さっきの、ほんとヤバかったな。お前の頭痛が無かったら、オレら、今、どうなってたかな」 「ほんと。命の恩人かも……」 「ほんとー」 「……たまたま。頭、痛かっただけだし」  そう言って、変に悟られないように、話を逸らす。  ……と言っても。悟られるも何も、何がどうなってるのか、全くわからないが。  ――懐中時計は動かない。さっき止めたところで、止まったまま。  皆を見てると、さっきの血まみれの姿がよぎって、辛い。でも、生きてるって実感をもっと感じたくて、家までついてきてもらうことにして、一緒に歩いていたら。  向こうから歩いてくる、見知らぬお母さんと女の子。もう少しですれ違うというところで突然、目の端で、女の子が倒れたように見えた。転んだのかと、ぼんやり思った。  皆と話しながらオレは、ふと何気なく、そちらに視線を向けた。  ――――……転んだ、とかじゃ、なかった。  女の子の頭の上に落ちてきたのは、植木鉢らしきもの。歩道脇のビルの上から落ちてきたらしい。  飛び散った赤。  オレが理解した瞬間、横に居たその子のお母さんも事態を認識したらしく、気が狂ったみたいに叫び出した。オレの隣で気付いた皆も、うわ、と焦ってる。人が騒ぎながら近づいてきて、またさっきと同じような、空間。救急車を呼ぶ声。叫び声。  その時。  懐中時計が、手の中で震えた。  ……そんな気がした。  ――――なぜか分からないけど。   そんな気が、した。  どこから来るのか。黒い羽がひらりと舞う中。  オレは、逆に回っている懐中時計の、ボタンを押した。  そして。逆再生。  ふっと、気づいた時。女の子とお母さんは、向こうから、歩いてくる。  ――――分からない。  分からないけど。……助けられる。気がする。  ◇ ◇ ◇ ◇
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