辺境の嵐 -嬰児の願い- (外伝1)

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「大層ご立派な剣聖様がお越しになりました。おひとりであっという間にハイラルの兵士どもを退治なさるお姿を、この目で見ました。あまりの達人ぶりに、いまだにからだの震えがとまりませぬ」  少年の目の輝きに母も決心した様子を見せた。 「わたくしも、ご恩返しにぜひお手伝いしたい……」 「いえ、母上はこの場を動かぬようにお願いします。母上まで戦場に出られては、私が心配でなりません」 「待つことも大事なのは判ります。でも……このまま何もせず滅びるだけなら、やるだけのことはやったほうが良い……」と母は葛藤する様子を見せたものの、「あなたも知らぬうちに大きくなったものですね――いいでしょう、わたくしの分まで働いてきなさい。ただし、上に立つお方のご命令をよく聞き届けるのですよ」と、息子にすべてを委ねた。  少年は母に頭を下げると、もう一度母と目を合わせ、小屋を出ていった。    イカルがハイラルの小隊を片付けるのにさほど時間を要さなかった。  むしろ拍子抜けするくらいだった。  国境の防衛を任されるだけあって、ハイラル領の兵士といえば、建国当時は精強で内外に名を馳せたものだった。  時代が移り、近接する騎馬民族の脅威が無くなると、驚くほど脆弱になっていた。  現在のハイラル辺境伯は豪奢(ごうしゃ)な暮らしを好み、領内の財政は悪化の一途をたどっている、とイカルは聞いていた。  ――今回の塩の特権を狙うのも、塩の売り上げで領内の財政を立て直そうとしているのかも知れないな。  いずれにしても、当代のハイラル辺境伯は領主としての資質に問題があるとしか言いようがない。  イカルはハイラルの部隊を撃退すると、村人たちを呼び戻し、つぎの来襲を迎え撃つ準備を指示した。 「先ほどの全滅した部隊の帰還が遅いと、さすがに異常に思うだろう。そうなると、ハイラルはより多くの部隊を送り込んでくるはずだ。それまでに迎え撃つ準備をしておく必要がある。そこで、だ――」
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