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しかしイカルは腰に差した剣を鞘ごと抜くと、その場に置き、川に飛び込んだ。
川面を、抜き手を切って小舟に寄りつくと、なかを覗き込んだ。
小舟には、母と思われる女性が横になっていた。意識を失っているようだ。
女性の身なりは良く、裕福な家庭の夫人のように思えた。太ももの辺りが大きく切り裂かれ、血でべっとりと濡れていた。
女性の腕を枕にして、赤児が泣いていた。
「おい! どうした!」
イカルは声を掛けながら小舟を押して河岸に押し上げた。
女性は酷く衰弱している。脚を布で縛ってはいるものの、出血が酷かった。
イカルは女性の頬を叩きながら、声をかけ続けた。
女性の瞼がピクリと痙攣し、薄く目を開けた。
「おい! おい! しっかりしろ!」
「……あ……ここは?」
「カナツク川の川岸だ。カフラの近くだ」
イカルの言葉に女性は軽く頷くと、泣いている赤児を抱き寄せた。
「あなたは剣士さまですか?」
女性はイカルの稽古着を見ていった。
「そうだ。廻国修行で立ち寄っている」
「……お願いがあります。どうか……この子をお願いします。スイリンを……」
やはり女性は、この赤児の母親らしい。
「よし、わかった! わたしがこの子を守ってやるからな!」
「そ、それと、わたしの村、ハルス村を助けてください……」
そういって女性は上流の方を指さしたものの、瞼が閉じられていく。
「いかん! 目を開けろ! いま手当をするからな! あきらめるな!」
イカルは言葉を投げかけつつ、母親の傷をあらためて、止血をやり直した。
しかしこのままでは、いずれ死んでしまう。
イカルは泣き止まぬ赤児を抱き上げると、カフラの街に駆けていった。
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