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イカルは、剣士だけに目つきが鋭く、長い髪を頭の天辺あたりで束ねている。木綿の稽古服を緩く着ていても、鍛え上げられた鋼のような筋肉の厚みを隠せずにいた。
超絶した剣技と稽古以外のときに何気なく見せる笑顔に、多くの老若男女が惹きつけられた。
――もっと一緒にいたい。
そう思わせる不思議な雰囲気を、イカルは身にまとっていた。
イカルが都合六度目の廻国修行中、カフラの街に立ち寄ったときの出来事である。黒龍山嶺を背にしたカフラの街は、緑が豊かで風に揺れる花々の間を石畳の小径が縫うように続いている。
カフラの街に着いてからというもの、連日のように、同じ流派の剣術の修練場に朝早くから夕方まで顔を出し、稽古に励んでいた。修練場の広場には大きな欅の木が一本、枝を広げており、外稽古のときにはこの欅のまわりで弟子たちは汗を流す。
イカルは御光流剣術で百人抜きの荒稽古を成し遂げ、『剣聖』の称号を得た人物だけに、修練場に立つというだけで、教えを請う門弟たちが建屋の外にまで溢れた。
その日は珍しく稽古がなく、羅秦国北部の山脈から南西に流れるカナツク川の畔で早朝から釣りを楽しんでいた。川のほとりには、朝露に濡れた草花が陽光を受けて輝き、川面には樹々の影が映り込んでいる。
そこへ――上流から小舟が流れてきた。
イカルはなにげに小舟に目をやったあと、ようやく当たりのきた釣り竿の手応えに集中しようとした。
もしこのとき小舟から赤児の泣く声が聞こえなければ、今日一番の獲物を得ていたに違いない。
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