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──死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!
とめどなく押し寄せる恐怖と、死への拒絶。生への願望。
遠のく意識を唯一繋ぎとめた強い願望で、墨と血が混ざった筆で、湊世は描いた。
少年の頃の『水無月 湊世』を。
描き終えた時、少年はいつの間にか『湊世』の死体を見下ろしていた。周りを見ても、そこには凄惨な殺人現場しか残されておらず、少年は死体が見つかる前に、文月を連れてもう廃屋になった水無月の家に潜伏することにしたのだ。
けれど、犯人はきっと──
少年は目を閉じた。かつての友と懐かしい思い出を封じ込めて。
「僕は必ず、僕を殺した犯人を見つけ出す」
筆を取り傷を撫でると、墨が傷口を覆い、傷は見る影もなくなった。
文月は、心配そうに少年を見つめた。
少年は自分を作り出した湊世そのものだ。彼をよく知っているからこそ、この少年が復讐の為に、犯人を見つけようとしているわけではないことはわかっていた。
彼はただ知りたいのだ。
何故自分は殺されなければならなかったのか。
それでも、文月は問いかける。
<もう一度聞く。一体君は誰なんだ?>
文月に問われ、少年はもうない傷口を見下ろした。
墨で作られた偽りの身体。
それは果たして『水無月 湊世』なのか。
もしかしたら自分は『水無月 湊世』が隠していた黒い感情なのかもしれない。
それでも覚えている。
色鮮やかだった美しい記憶は、白黒に染まってしまったけれど。
少年は振り返り、柔和な笑みを浮かべた。
「僕は、水無月 湊世だ」
少年は、いや湊世は高々と名乗る。
例え『水無月 湊世』の黒い感情から生まれたものだとしても、その感情は正しく『水無月 湊世』そのものなのだから。
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