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骸狼が威嚇に吠える。その衝撃波で光太と一緒に半田も吹き飛ばされた。
壁に身体をぶつけた光太が衝撃で丸くなっているのを横目に、湊世はこの絶望的な状況を呆然と見ていることしかできなかった。
彩を助けたい。けれど湊世にはどうすることもできない。
ずっと母親の重圧に押しつぶされそうになっていたことも、力に伸び悩んでいたことも知っていたのに、自分のことで手一杯で彩を気に掛けることすらできなかった。きっと、ずっと、助けを求めていたはずなのに。
自己嫌悪に心が支配されようとした瞬間、ふと畳に落ちた筆が指先に触れた。
湊世は、『見たまま』を作り出すことができる。
彩の笑顔を思い出す。
湊世が描いた椿の絵を綺麗だと言って、目を輝かせていた彼女を。
湊世は力強く筆を握った。
「彩。思い出して。僕から見た君は……」
はらりと降ってきた紙を手にし、湊世は墨で濡れた筆で一線。純白の紙を黒に染め上げていく。
「自分を否定しないで。羨むことなんてない。君は君のままであることが、どれだけ僕を救ってくれたか」
湊世の絵を、彩はいつも見てくれた。いつも褒めてくれた。
『湊世の絵は綺麗だね』
平凡なその言葉が、湊世の心の支えとなった。妖を生み出さない、何の価値もない湊世の絵に、彩が価値をくれた。彩が絵を見る度に、死んだ絵に色彩と生命が宿っていく気がした。自分も大変なのに、湊世を心配して会いに来る優しさが好きだった。
力なんかなくても、彩は湊世にとって大切な人だったのだ。
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