2.骸狼

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 墨の濃淡を、ぼかしを、グラデーションを、紙の白さに湊世が知っている彩を描く。美しい黒髪をなびかせ、踊るようにヴァイオリンを弾く美しい女性の絵を。  描き終えると、絵は輝きだし、モノクロの彩の絵が実体をもって現れた。  その彩は一言も話さず、ヴァイオリンを弾き始める。  音は鳴らない。けれど穏やかに慈しむように微笑み演奏するその姿は、人界を癒す天女のようだった。  蠢いていた黒い靄がピタリと動きを止めた。 「これが、わたし……?」  生気のなかった彩の目から、徐々に光が戻っていく。  骸狼が焦ったように吠えるが、湊世に作り出された絵は吹き飛ばされることはなかった。  彩はゆっくり立ち上がる。一歩踏み出すと溶けた尻尾の塊は浄化されるように蒸発した。  彩は自身の絵に近づき、じっと見つめた。  こんなに楽しそうに、嬉しそうに、自分は演奏していたのだと初めて知った。  綺麗だと、思った。  自分はダメな人間なのだと、ずっとそう思っていた。けれど、もしかしたら自分は誰かにとって価値のある人間かもしれない。そう思わせるほど、湊世の絵には純粋な彼女への想いが、溢れ出ていた。  彩が絵にそっと触れる。その瞬間、骸狼は弾け飛び、湊世の絵は溶けて彩と一つになった。 「ありがとう。湊世」  彩は湊世に微笑んだ。  涙を浮かべながらも、湊世の大好きな笑みを向ける彼女を、湊世は無言で抱きしめたのだった。
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