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墨の濃淡を、ぼかしを、グラデーションを、紙の白さに湊世が知っている彩を描く。美しい黒髪をなびかせ、踊るようにヴァイオリンを弾く美しい女性の絵を。
描き終えると、絵は輝きだし、モノクロの彩の絵が実体をもって現れた。
その彩は一言も話さず、ヴァイオリンを弾き始める。
音は鳴らない。けれど穏やかに慈しむように微笑み演奏するその姿は、人界を癒す天女のようだった。
蠢いていた黒い靄がピタリと動きを止めた。
「これが、わたし……?」
生気のなかった彩の目から、徐々に光が戻っていく。
骸狼が焦ったように吠えるが、湊世に作り出された絵は吹き飛ばされることはなかった。
彩はゆっくり立ち上がる。一歩踏み出すと溶けた尻尾の塊は浄化されるように蒸発した。
彩は自身の絵に近づき、じっと見つめた。
こんなに楽しそうに、嬉しそうに、自分は演奏していたのだと初めて知った。
綺麗だと、思った。
自分はダメな人間なのだと、ずっとそう思っていた。けれど、もしかしたら自分は誰かにとって価値のある人間かもしれない。そう思わせるほど、湊世の絵には純粋な彼女への想いが、溢れ出ていた。
彩が絵にそっと触れる。その瞬間、骸狼は弾け飛び、湊世の絵は溶けて彩と一つになった。
「ありがとう。湊世」
彩は湊世に微笑んだ。
涙を浮かべながらも、湊世の大好きな笑みを向ける彼女を、湊世は無言で抱きしめたのだった。
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