1.二人の幼馴染

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 だが、湊世には問題があった。  湊世に妖を生み出す力はなかった。墨の絵を実体化する力こそあれど、『見たまま』を作り出すことしかできず、妖を倒す力など皆無であった。  そこで同じ名門である長谷川家が、幼い湊世に当主は無理だと判断し養子に迎えてくれたのだ。そんな恩人に報いるためにも、今は父のように想像上の妖を一体でも自らの手で作り出すことが、湊世の目標だ。  しかし修行を始めてから二年。  修行の成果は、兆しが見えないでいた。  想像力が足りないのか、単純に技術の問題か、そもそも能力がないのか。  動き出さない自身の絵に、湊世は溜息をつく。落ち込む湊世に何と声をかけようか彩が悩んでいた時、廊下から黒い犬が湊世に近づいた。  熊のような分厚い毛並みをしており、毛で覆われた目元は垂れ目でおっとりとした彼の性格が読み取れる。真っ直ぐに伸びた鼻先を、甘えるように湊世の膝に摺り寄せた。  光太は珍しそうにじっと犬を見下ろした。 「湊世が作った犬?」 「うん。文月(ふづき)っていうんだ」  犬や猫、鳥や魚など実際に存在する生物なら湊世にも生み出せる。しかしやはり見た目以上の力は持たない。文月も生まれた経緯を除けばただの犬だった。  頭を撫でると、たぶん草か何かで切ったのだろう、腕の傷口から墨の黒い血が滲んでいる。湊世は筆を手に取り、傷口をそっと撫でた。途端筆先の墨が上書きするように傷口を塞ぎ、癒していった。  満足そうに湊世の膝にデンと乗る文月を、湊世は愛おし気に撫でる。微笑ましく見ていた彩とは対照的に光太は二人の姿にハッと馬鹿にしたように笑った。 「はは、ただの犬じゃん! 湊世はダメな奴だなー」  無神経な光太の言葉に湊世は苦笑いを浮かべた。光太にそう言われても仕方がない。  光太は長谷川家の長男で、祓い屋として才能があった。  墨で妖を作り出す湊世の一族とは対照的に、光太の一族は妖を召喚し、使役することができた。能力によっては大なり小なりはあるが、光太は名のある妖の召喚に何度も成功している。将来の長谷川家の当主は決まったものだと祓い屋業界ではもっぱらの噂だった。  後ろの毛玉の妖は光太のお気に入りで、『半田』と名付け最近は自慢気にそばに置いている。
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