2.骸狼

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2.骸狼

「湊世はすごいね」  湊世に、彩がぽつりと呟いた。  十九歳になった。  私室兼アトリエで湊世が絵を描いていると、近頃彩がよく絵を見に来るようになった。壁沿いに飾られた枯れかけの植物や、色の抜けた花。絵のモチーフとして使っているそれらは水墨画で埋められたモノクロ部屋に僅かな色を齎した。  彩が呟いたのは、足の踏み場もない部屋で絵を拾い上げた時だった。   何枚も、何枚も描き上げた妖の絵。醜悪な妖も、可愛らしい妖も、湊世は描き続けてきた。我が子のように誕生を望み続け、──動かない絵に、何度絶望したことか。  端正だが陰のある青年に成長した湊世は、筆を止めることなく自嘲気味に笑った。 「見ての通りまだまだダメだよ。彩の方が凄いよ。この前ヴァイオリンのコンクールで優勝してたじゃないか」  彩はあれからずっとヴァイオリンの稽古を続け、上達の為にと出場したコンクールで何度も優勝していた。しかし妖に通じるほどの力は開花しなかった。  昔より伸びた綺麗な黒髪が、俯く彩の顔を隠す。 「そんなの、妖に通用しなければ何の意味もないわ」 「彩……」  吐き捨てた彩の言葉が胸をついた。  妖は人の悪意から生まれ続けるが、祓い屋は代を継ぐごとに力を失っていく。妖を倒すことで人を救う祓い屋にとって、力の開花は人の未来を左右する重要なことでもあった。どれだけ凄い賞をとっても、力がなくてはこの業界ではガラクタに等しくなるのだ。  光太も最近は伸び悩んでいるらしい。  光太は召喚ができても使役する力が弱く、期待されていた分周りの失望も大きかった。修行のせいかここ最近では邸宅内でも顔を合わすことが減った。  湊世も中途半端に力があった為、周りの失望の声を多く聞いていた。
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