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無邪気に三人で遊んでいた頃が眩しい。
湊世は懐かしみ、その頃の光景を思い浮かべながら筆を進める。
「でも評価されたのは確かじゃないか。人の心に君の音楽が届いたんだよ。だからきっと妖の心にも響く。妖を鎮める力はもう少しで開花されるよ」
きっと、もう少し。
その言葉は、才能のない自分に言い聞かせている言葉でもあった。
根拠のない言葉でも、自分を奮い立たせる魔法の言葉。
だが、彩には通じなかった。
「湊世はすごいね」
小さい子どものように彩はその場に蹲った。
「私は、そんな風に思えない。湊世ほど自分を信じることができなかった。自分はこんなもんじゃないって頑張ることが、もうできないの」
膝に顔を埋めた彩の声は、震えていた。
「お母さんのため息が怖い。失望の目が怖い。ずっとそれに怯えながら稽古をしていたのに、結局お母さんの期待には応えられなかった。あんなに頑張ったのに、私は普通の女の子にも、祓い屋にもなれない」
「彩?」
手を止め呼びかけるが、彩は止まらなかった。
「なんで私にはなんの力もないんだろう。なんで二人みたいにできないんだろう。頑張ってるのに、青春と呼ばれた時間さえも捧げたのに、なんで何も結果が出ていないんだろう。私っているの?」
彩の身体から水に墨を零したような黒い靄が漏れ出した。意思を持ったようにユラユラと揺れ、だんだんと広がり彼女を覆っていく。
「このまま、誰の役にも立てないなら……」
「彩? ……彩! 駄目だ!」
吐瀉物のような刺激臭が鼻についた時、湊世の頭に、ある可能性がよぎる。
湊世は必死に彩に手を伸ばす。墨で濡れた指先が靄に触れた瞬間──
「私なんか、消えちゃえばいいんだッ!」
彩の叫びと同時に、爆風が湊世を襲った。
濁流のように黒い粒子が部屋に吹き荒れ、窓も扉も破壊していく。畳に広げていた絵が粒子と一緒に竜巻のように舞い上がり、湊世は顔を覆う。しかし腕の隙間から彩の姿だけは捉えていた。彩の後ろに漏れだした靄がべちゃべちゃと不快な音を立てて集まり、その姿を見せる。
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