2.骸狼

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 真っ黒な、巨大な狼だった。  湊世の脳裏に、本で読んだ妖の名前が浮かんだ。 「あれは、骸狼(がいろう)! 憑りつかれてるのか!」  骸狼(がいろう)。  人の負の心を吸収する闇の妖。人の心に巣食い、負の感情が強ければ強いほど力を増幅させ、そして憑りつかれた人間は最後、感情を失った廃人になると言われている。 「どうした!」 「光太! 彩が!」  騒ぎを聞いて光太と文月がやってきた。  光太が唖然としたのは一瞬。すぐに状況を理解し、手を合わせ術式の構えをした。 「彩……。俺が、俺が助ける!」  半田!と呼びかけると、光太の隣に毛玉の妖が光と共に姿を現した。しかし半田はぼうっと案山子(かかし)のように立つだけで動く気配はない。きっと半田を使役する力が、光太には足りないのだろう。光太は顔を赤くし、苛立ちを抑えられないでいた。 「動けよ! 俺のいうことを聞けよ、この木偶の坊! 俺は、長谷川家の長男なのにッ」  光太は八つ当たりに近い形で半田を蹴りつける。しかし、それでも半田は知らん顔をしていた。  そこで文月が吠えながら、骸狼に牙を突き立てた。だが普通の犬に近い文月では歯が立たず、骸狼が虫を払うかのように腕を振ると、一瞬で文月は吹き飛ばされた。その勢いで畳に投げ出される文月に、湊世は咄嗟に駆け寄った。跪いたまま文月の身体を抱きかかえる。体中に擦り傷はあるが、気絶しているだけでほっと胸を撫でおろした。  その頃骸狼はグルルと唸りながら、ドロリと溶けかけのような尻尾で、彩を守るように囲い込んだ。いいや、守るというより食い意地からだろう。彩は怯えることもなく、ただ喰われるのを待つかのように、天を仰いでいる。目に生気はなく、零れた涙にすら光を感じなかった。
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