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第四十二話 俺はホイホイお追従に乗っちまうような人間なんだぜ
翌日、大神官が控え室にやってきたので、蠱龍を紹介した。
もちろん蘇生した姿の蠱龍である。
「こ…これは、褒賞のようなものでしょうか?」
と、アリアと同じ事を問うてきたが、俺に答えられるはずもない。
「この…あー…」
「その子は“こりゅん”やで、大神官のおっちゃん」
「恐れ入ります」
大神官はミスズに頭を下げて、先を続けた。
「…こちらのコリュン様は、シオン様の背中に取り付く形になると思うのですが…」
「その子に“様”は要らんで、大神官のおっちゃん」
「恐れ入ります」
大神官は再びミスズに頭を下げて、先を続けた。
「現在工廠におきまして、シオン様に合わせた鎧を仕立てているところですが、この機会にコリュン殿が掴む場所を、鎧に付けておいたらどうかと思うのですが?」
「それ、とてもいいな! 是非そうしてくれ! 蠱龍の脚は六本だから、いい感じで釣りあいが取れるように頼む!」
「おー、エエやんエエやん! ウチの一張羅が破れんくて済むわ」
「はい、…は?」
俺の答えに首肯した大神官は、ミスズの答えに混乱した。
「いや、彼女は茶々を入れたいだけだから、言うことにいちいち反応しなくていい。鎧の件は執り進めてくれ」
「むー!」
蒸気を上げんばかりにいきり立つミスズ。
「で、ではそのように致します」
頭を下げて、部屋の出口に進んだ大神官は、扉の前で振り返った。
「ふむぅ…」
なにやら考え込む態の大神官。
「大神官、どうかしたか?」
「私がこんなことを言うのはどうかと思うのですが…」
そう前置きして、大神官はとんでもないことを言い出した。
「アリアがお呼びした本物の勇者は、シオン様ではないかと思うのです」
「ちょ…。流石にそれは荒唐無稽な話ではないか」
「それほど変な考えでしょうか? 勿論、アレクス様が良くないという話ではございません。ですが、ひとりで召喚されたアレクス様に対し、シオン様は御自分で仲間を整えて、魔法も覚えて参られました」
「…う、うむぅ」
そう言われると、なんだかそんな気がしてくるじゃないか。口が上手いな大神官。
「それでは鎧の件、執り進めます」
そう言って大神官は控え室を辞した。
『…シオン様、私も大神官と同じ考えです』
大神官が居なくなったとたん、今度はアリアが俺を誉めそやす。
残念だが、俺はホイホイお追従に乗っちまうような人間じゃないんだぜ?
『そうは言うが、ミスズも蠱龍も魔法も、偶然の産物なのだぞ?』
『それも含めて勇者なのだと思います。条理を歪めてしまうような、都合の良すぎる運。そういうものが勇者には必要なのです、多分』
結局、“運も実力のうち”論か。身も蓋もないな。
俺がそうだと言われたら全力で否定するが、所謂“持ってる”ヤツでなければ、わざわざ異世界から呼ぶ意味はないということか。
その日の正午、城内中庭において、アレクス隊の出陣式が執り行われた。出陣式と言っても、既に魔女退治に成功したような騒ぎで、祝勝会の前祝いの趣すらある。
当然俺とミスズも、半ば添え物のように参加させられていたが、歓声にまぎれて“耳障りな囁き声”が耳に届くので、居心地は決して良くはなかった。
特設の舞台にはアレクス隊の四人と、司会の男。そして、どう見てもパーティメンバーとは思えない、ドレス姿の少女が上がっていた。純白のドレスを閃かせて壇上を駆け回る少女は、アリアと同じ金髪碧眼だが、どちらもアリアより色が濃い。
尤も、アリアの姿はちょっと透けているので、本当は同じ色なのに、薄く見えているだけなのかもしれない。
『あの子は何者だ? やけに高貴な感じがするが?』
『あの方は、この国の第一王女、プリンチナ様です』
非常事態とはいえ、お姫様がこんな所に出てきて舞台を駆け回るとは、なかなか活発な性格のようだ。
『あのような振る舞いをなさる方ではなかったのですが…』
『なんと、いつもはああではないのか』
だとすれば、かなりテンパっているんだろうな。
「ここでプリンチナ様よりお達しがある。心して拝聴せよ!」
舞台の上から司会者が大声で促すと、群衆はしんと静まった。
姫は一歩前に歩み出ると、涼やかな声で、魔女を討伐した者と自らとの婚姻が行われる旨を宣言した。
むしろ今までは、その切り札を使って、討伐隊を募っていたわけではなかったのか。
「ほぇー、なんやえらい事言い出しよったで? お姫様と結婚するて、王様になるってことなん?」
「おいおい、王族の結婚なんて、そんなやけくそで決めていいモンじゃないだろうに…」
アレクスに不満があるわけじゃない。
むしろ、あの金巻き毛の美男子は、姫と並んでも映えること間違いなしだ。
だが、他の貴族連中との関係とか、シガラミみたいな、考えておかなきゃならんモノがあるんじゃないか?
『ところで、姫が居るなら王様も居るんだろう? 貴族らしき奴は群集のあちこちに居るが、どれが王様だ?』
王様ともなれば特別席に踏ん反り返っているだろうと、観察していたのだが、それらしき者は見当たらなかった。
『王は…おこしになっておりません…』
『こんな大事な日なのに、来てない? 病気とかなのか?』
『いえ、元々この国は魔界からのマモノが頻繁に襲来するのですが、冒険者や神官団の尽力により、なんとか撃退できていました。そこに魔女が出現したことで王様は御心を痛めてしまわれて、その…』
『有体に言うと、引き篭もったと?』
『有体に申しますと、そのようです…』
魔界とやらは、ラウヌア辺りでは“将来起こりうる危機”といった扱いだが、ここでは“今そこにある脅威”なのだな。
舞台で元気に振舞っている姫の健気さに、涙を誘われてしまいそうだぜ。
などと、姫の心中に思いを馳せていると、鳩尾に衝撃を受けた。例によってミスズが、鬼のような顔で俺を見上げていた。
「おっちゃん! なにぼっとしとるんや?」
小さく、手のひらに隠して舞台の方を指差し、強く囁いた。
「金髪チリ毛が呼んでる!」
舞台を見上げると、アレクスが全く邪気のない顔で、恭しく俺たちを誘っている。舞台に上がれというのだ。
「シオン様、どうぞ壇上へ!」
そして、アレクスによって無理やり壇上に上げられ、“二の矢”として紹介されたが、プリンチナが余計なことを付け加えてくれたお陰で、居心地の悪さは頂点に達した。
「もちろん、あなたも婿の候補ですわよ? シオン様?」
その瞬間、俺たちに向けられた視線、視線、視線。
汚い物を貶めるには、綺麗な物の隣に置けばいいというが、これほども俺たちの現況を如実に表す言葉はないだろう。
なお、俺に向けられた視線の中には、ミスズのものも含まれた。
『歓迎されていないとは思っていたが、やはり気分は良くないな』
『お呼びしておきながら、申し訳ありません』
『まぁ、アリアのせいじゃないさ』
俺とミスズがいそいそと舞台から降りた後も、式は粛々と進み、式次第はいよいよアレクス一行が旅立つ段となった。
俺はてっきり、悠々と城門から旅立つものと思っていたが、さにあらず。一行は城壁に登っていった。
『アリア、彼らはなぜ城壁に上がったのだ?』
『飛翔の魔法を使うつもりなのではないでしょうか』
『飛翔…空を飛ぶのか?』
『はい。ミスズ様もお使いになる、風魔法の一種です』
なるほど。風バイクならぬ、風飛行機といったところか。
どんなふうに飛ぶのかと期待しつつ見守っていると、格闘家ぽい風体の男が、三鈷杵を両手に持ってなにごとか唱えた。
すると、アレクス一行の足元から風が沸きあがり、木々の邪魔にならない程度の高さまで一気に上がると水平飛行に移った。まるで護衛艦から発射されるミサイルのようだ。ミスズが初級者洞窟の二階に上がるときに使ったヤツの強化型といったところか。
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