第四十三話 流石に聞き捨てなりませんよ!

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第四十三話 流石に聞き捨てなりませんよ!

『ふわふわ飛んでいくものと予想していたが、まったく違ったな』  歩いても行かないし、ふわふわでもない。丸外れである。 『法術師の中級魔法ですが、申し訳のないことに、私には使えません』 『ミスズさんにも使えないと思うぞ。どう見ても風バイクより便利だから、使えるなら砂龍のときに使っているだろうしな』  風ミサイルがなくても、俺たちにはより頼もしくて優雅な蠱龍が居るから問題なしだ。 『魔女の根城は判明しておりますので、探し惑うには及びませんし』 『あぁ、そういうことなのか。だから風ミサイルでポーンと…』 「おっちゃんおっちゃん、アレ凄いな!」 ミスズが俺の袖を引っ張りながら、眼をキラキラさせて言ったあと、明らかにテンションを落とした。 「…ウチもアレ使えてたら、砂漠越え、楽やったのにな」  「いやいや、ミスズさんは誰にでも使える魔法石などという不思議アイテムを作れるのだから、そっちの方が凄いと思うぞ」 「さ、さよか。んはは」  ひとりヘッドロックみたいなポーズで、頭を抱えて照れるミスズ。 なんだそれ、可愛い。  くねくねしていたミスズだが、はっと気付いたように顔を俺に向けた。   「け、けど、魔女やっつけて帰ったら、おっちゃんかて、お姫様と結婚せんといかんのやろ? セーリャクケッコンなんやろ?」 「いやいや、あんな口約束信じてないから。もしかしたら今は本気かも知れないが、喉元過ぎれば熱さ忘れるってヤツで、倒して帰っても“そんなことは言ってません”とか言われるに決まっている」  反故ならまだしも、下手したら酒宴で毒殺されるかも知れん。首尾よく倒して帰っても、さっさと辞退しておくのが吉だな。 「そ、そうなんか。それやったらエエんやけど…」  ミスズと会話している間に式が終わり、群集が散り始めた。 「…さて、式も終わったし、俺たちはさっさと引っ込もうぜ。只飯喰らいには視線が痛い」 「んぇ? 視線?」  言葉を切って周囲を見回すミスズ。冷たい視線に気付いた。 「ウチら、なんかジロジロ見られてへんか?」  まさかと思ったが、ミスズは今まで気付いていなかったようだ。 「そりゃまぁ、正統派勇者のアレクス君と比べれば、俺たちはかなり格が下がるからな」  彼らには、絵に描いたような勇者のアレクスに阿って、労せずして褒賞に与ろうとする寄生虫のように見えているのだろう。  …いや、俺たちと言うより、俺だな。  アリアは一流の法術師だし、ミスズは底が見えない大魔術師。蠱龍に至っては、存在自体が謎という極め付き。  ただ丈夫なだけの俺が、みっつもよっつも格下なんだ。 「なぁ、なんでウチらのことジロジロ見てんの? なぁ?」  俺が考え込んでいる間に、ミスズが視線の主を問い詰めていた。 『いけません、あの方は、王に次ぐ権力を持つマルメターノ公爵です』 「なんだ貴様、公に直接話しかけるなど、不敬な!」  護衛らしい男が声を荒らげた。 「あぁ? ワレに話しとんのとちゃうわ! そっちのデブや!」  ビシッと音がしそうな勢いで、マルメターノとやらを指すミスズ。 「この偽勇者を黙らせなさい!」  防御力の低そうな服を着て蓮台に乗った、位だけは高そうな男が、とうとう言ってはいけないコトを口に出してしまった。 「なんやてぇ? ワレェ、偽勇者言うたんかコラぁ!」 「無礼者が…!」  剣を抜こうとした兵士の柄頭に、俺は素早く足を置いた。 「おっと、抜くなよ? 抜いたら冗談じゃ済まなくなる」  抜くなよとは言ったものの、石突が地面に引っかかり、二進も三進もいかない様子。 「ぐっ…!」  剣に載せた脚をそのままに、俺はミスズを見遣った。 「こらこらミスズさん、キミは勇者なんだぞ。普通の人を煽っても仕方がないだろう?」 「せやかておっちゃん、こいつらニセモンて言いよったやん!」 「この人たちは、ミスズさんの強さにやきもちを焼いているんだ」  柄頭をトンと蹴ると、兵士は後ろ向けに転がった。 「ですよね? どうもすみません」 『ミスズ様を抑えて頂けると思いましたのに、シオン様まで…!』  解りやすく頭を抱えるアリアをスルーして、俺は踵を返すと、ミスズの背を押しながら群集に背を向けた。 「待ちなさい! 流石に聞き捨てなりませんよ!」  マルメターノ公爵が乗った蓮台が、手下の兵士を掻き分けて進み出た。言葉遣いが丁寧なので違和感あるが、不良マンガのテンプレな展開だ。 「これはこれは、申し訳ありません。根が正直なもので」 「おっちゃんは口が悪いなぁ、ホンマのこと言うたら可哀想やん」  俺が煽っていることに気付いているのかいないのか、ミスズが乗っかってきた。  『ああぁ、もう、なんてこと…』  俺の頭の中だけに、アリアの嘆きがむなしく響く。 「ななな、なんと無礼な! 決闘だ! 立ち会え!」 「おぅ、やったるわい! ワレら全員、つまんでポイや!」  半円に取り囲む兵士に対し、一歩も退かずコブシを突き上げた。 「おいミスズさん、本気か?」 「あー、ウチひとりでかめへんで。ミスズさんに任しとき!」  ミスズの眼がメラメラと燃え上がっていたが、俺は、その炎が怒りではなくお楽しみによるものだと察した。 「これは止めても聞きませんなぁ…」  芝居がかったポーズを取りながら、貴族一味を振り返った。 「宜しいのですか? 彼女は手加減を知りませんので、下手に関わると怪我をするかもしれませんよ? まして後れを取ったりなどすると、公爵家の家名に瑕が付くやも…」 「ふふふ、ふざけるなぁ! 望むところだ! マルマイン・マルメターノの名に於いて、偽勇者に誅を加えてくれる!」  公爵は、早くも丁寧語を忘れてしまったようだ。 「彼女はひとりでいいと言っていますが、そちらは何人で?」 「下賎相手には、一対一で充分だ!」  成り行きを楽しんでいた俺だが、この言葉にはカチンと来た。 「ほぅ、下賎と仰いますか。魔女との戦いの先頭に立たず、下賎の者とやらを死地に追いやるだけの臆病貴族かと思っておりましたが、一対一でとは恐れ入りました。豪気なことですなぁ」  「貴様、公爵たる余を愚弄するのか!」  俺たちはこの国の民でもなければ、この世界の人間ですらないので、召喚者の王ならまだしも、いち貴族に諂う理由はない。  社内で威張っているワンマン社長でも、取引関係のない外部の人間に対しては、なんの権限もないようなものだ。 「貴族とはそんなに偉いもんですかね?」  俺は公爵に対して距離を詰めた。護衛の兵士が身を硬くする。 「貴族ってのは、こんな時に働くために民から税金を取って、生かして貰ってるんだと思っていたんですが、違いますか? 今働かなきゃ、ただの寄生虫でしょう? 高貴なる血とやらは、どこに置き忘れたんです?」  いざと言うときのために、普段只飯喰っているという点では、貴族と俺たちは似た物同士かもしれない。  まぁ、威張らない分だけ、俺たちの方が幾分マシだと思うが。 「ぬうぅぅぅ! なんたる誹謗中傷であることか!」 「いえいえ、誹謗中傷などとんでもない。なにか事実と異なる部分がございましたでしょうか? もしもございましたら、喜んでこの頸を差し出しますが?」 「ああ言えばこう言う! もう我慢ならん!」 「んはは、公爵はん我慢は毒やで、無理せんときや。ワレら全員でもエエんやで?」  ミスズはブルース・リーのように、身体を揺すりながら挑発的な手招きをした。 「よ、よし。この場の全員で行かせて貰おう。言質は取ったぞ、後悔するなよ?」  無言でニタァと邪悪な顔で微笑むミスズ。全員を巻き込めたのが、とても嬉しいようだ。 「ミスズさん? やりすぎるなよ。死人は出さないようにな?」  と耳打ち。ミスズに人殺しはさせたくないので、死人無しはマストだ。 「分かってるて。どちみち石しか…」 「これは何事なのです?」  俺たちと貴族連中の間に、大神官が割って入った。 「おお、大神官、この平民が…」 「貴族様が、無礼で下賎な我々を、教育してくださるそうです」 「…そうなのですか?」  怪訝な顔で公爵に問う大神官。 「そ、そうだ。大神官、今すぐ闘技場を手配してくれ!」 「頼むよ、大神官!」 「頼んだで、大神官はん!」  大神官は、複雑な顔をして同行の部下に指示した。
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