第四十四話 ワレら蟹って食うたことあるけ?

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第四十四話 ワレら蟹って食うたことあるけ?

 その後、俺たちは徒歩で、公爵は襤褸を纏った奴隷らしき男たちに担がせた輦台に乗って、闘技場に移動した。この城は小高い丘の上に在るので、馬車の乗り入れは不便なのだ。 『この国には奴隷が居るのか?』  ラウヌアや途中立ち寄った街にも、それなりに悪人は居たが奴隷らしき者は居なかった。 『はい。罪を犯した者や、借金の形に自らを譲り渡した者…』  言葉を切ったアリアは、言いにくそうに後を続けた。 『…あとは戦争の捕虜や、敗戦国の市民などです』 『あぁ、そういうことか』  正直、罪を犯した者を奴隷に落とすのは、刑務所に掛かる費用が不用になるうえ、労働力が供給されるのだから、いい考えだ。借金のカタに自らを売るのも、そういう雇用形態と考えれば、まぁアリと言えなくもない。  だが、手に入れる価値のない土地は有り余っているのに、価値のある土地を奪い合って争い、敗れたら奴隷にされるとなると、脳が理解を拒む。民主国家ならいざ知らず、専制国家の国民に、敗戦の罪はないだろうに。まったく世知辛い。  闘技場は城下町にあり、テニスコートをふたつ並べたほどの広さで、それほど広くはなく観客席も狭い。急遽開催されることになった“イベント”だが、ご丁寧にも公爵一味は、城からここまで“偽勇者を誅滅する”と気勢を上げていたので、客はそこそこ入っていた。   「…ミスズさん、イマフさんがバリヤーを張ると言ってるが?」  セコンド宜しく、脇に立ってミスズに耳打ちする。 「心配なんかしてへんし、バリヤーも要らん。ひとりで大丈夫や」 「…そうか。まぁ、人間相手だものな。俺も心配はしないでおこう」 『シオン様、本当に宜しいのですか?』  ミスズの相手は三十人ほどで、既に闘技場中央に集まっている。 『心配するな。前衛の大切さを知っているミスズさんがひとりでいいと言うのだから、なにか考えがあるのだろう』  だとしても、油断せず見守ることに変更はない。 「おっちゃん、汚れたらワヤやから、持っとって」  外套を俺に渡し、軽くなった肩をグルグル回す。柔らかい布地のワンピースが風に靡いて、なんとなく体型が顕になる。 「いいのか? バリヤーもなしで、外套も脱いだら防御力が…」 「当たらんかったら、どうちゅこたないやんか?」 「だが…!」  ミスズは拳槌で俺の胸をトンと叩いて、不敵に笑った。 「ウチらは勇者なんやろ? こないなヤカラに難儀しとれるか?」  不覚にもゾクッとした。この子は本当に勇者なんだ。 「…分かった。もうゴチャゴチャ言わないことにする」 「ほな、行ってくるわ」  闘技場中央に向けて歩き始めたが、数歩進んだところで振り返った。 「…終わったら、ヨシヨシしてな?」 「あぁ、そんなことで良ければ、いくらでもな」  両者は、…三十対一を両者と呼べるならばだが、十メートルほど離れて対峙した。  見届け人が両者の間に歩み出ると、空手チョップの形にした右腕を高く上げ、開始の宣言と共に振り下ろした。 「始めェッ!」  鬨の声を上げて、武装した兵士がミスズに殺到した。  眦きりりと吊り上げて、なかなかに士気が高そうだ。  その後ろではふたりの魔術師がムニャムニャと呟き、精神統一のようなことをしている。  どうやらアリアが言っていた“詠唱”をしているようだが、詠唱が必要と見せ掛けて、実は不要だったとかで不意を突く作戦かも知れない。  更にその後ろで、公爵と腰巾着の貴族連中はその場に立ったままニヤニヤしている。そこから動かず、督戦を決め込むハラのようだ。 「ミスズさん、こんな詰まんないことで怪我するなよ…?」  俺が呟いたとき、ミスズが動いた。  右手を○ぐちカッターのように薙ぐと、左から右へ爆発が広がった。  以前初級洞窟の前でやったアレだが、今回は少し違った。  直後に左手を同じように薙いだので、爆発が往復する形になったのだ。  言うなればダブルひ○ちカッター!  そこで初めて気付いたが、今日のミスズは例の棒すら持っていない。 「この前程度の相手なら、これで沈黙するだろうが…」  懸念は的中した。勢いは殺がれたものの、数人の兵士が土煙の中から現れ、ミスズに向かって再突進した。  だが、斬られそうな位置まで兵士に近付かれた瞬間、残像が残るような速さで、ミスズの身体が後ろに飛んだ。 「うまい!」 『あらかじめ緑の石を使ってあったのですね?』 「あぁ、流石だな」  すかさず、間合いの開いた相手に再び往復の赤い石。  そこに、迫撃砲のように放物線を描いて、光弾がヒョロヒョロと落着したが、既にミスズはそこにいなかった。公爵側の魔術師の攻撃だが、タイミングはまだしも、錬度と威力と速さが足りなかった。門外漢の俺から見ても“しょぼっ!”という感想しか湧かない。  ふたりの兵士が土煙の中から現れたが、当然目の前には誰も居ない。  そのときミスズは、すでに奴らの後ろに回りこんでいる。そして胸の前で十字にした腕で、両手同時に赤い石の洗礼。 「むにゃむにゃ・くろーす!」  変な技名を叫びながら投げられた石を背後から食らった兵士ふたりは、前向きにふっ飛んで気絶した。  動きを止めたミスズに向かって、再び錬度と威力と速さが足りない光弾が落ちてきた。  しかし、それらはミスズの周りにある風カプセルに取り込まれ、ミスズの指先に操られるかのように、周りをぐるぐると回り始めた。 「おぉ、なんか凄いぞ!」  回るに従って速度を増した光弾は、踊るようなミスズの動きに合わせて、公爵側の魔術師に帰っていった。 ドパーン!  自分の魔法を食らって吹き飛ぶ魔術師。  明らかに最初の一撃より土煙が多い。どうやら速さだけでなく、威力もマシマシになっていたようだ。もしかしたら、回している間に赤い石を仕込んだのかもしれない。  これで、武装した兵士、魔術師は、全員戦闘不能となったわけだ。 「…さぁて、お楽しみはこれからやってヤツやなぁ」  ミスズは物凄い笑顔で、高みの見物をするつもりだった貴族連中を振り返った。  身の危険を感じて震え上がる貴族。胸を聳やかせて歩み寄るミスズ。 「さぁ、ゲセンな偽勇者の魔法を味おーてもらおか」 「ヒイィィィ!」 「…なぁ、ワレら蟹って食うたことあるけ?」  押し競饅頭のようになった貴族に向かって、静かな声で問いかけるミスズ。 「は…? 貴様、なにを言っておるのだ?」 「なんぼデカいハサミがあったかて、根元から引っこ抜かれたらどうしようもないわな? 後はどう料理されても抵抗できひんわな?」 「なにを言っているのかと聞いているのだ!」 「鈍いやっちゃなぁ、そこらでのびてんのがワレらのハサミやっちゅーとんねん。ほんでから、ワレらは今から料理されるんじゃ!」 「ヒイイイイイイイイイイイイィ!!」 ズババババン! 「結果、発表オォォォ! 勝者、ミスズ!」  立会人が高らかにミスズの勝利を宣言し、茶番は終わりを告げた。   その後ミスズは、兵士と魔術師は青い石で治療し、貴族は黒焦げで放置して戻ってきた。 「ほりゃ、ヨシヨシして!」  そう言って、ぐいぐいと頭を突き出してくるミスズ。 「ああ、いくらでもやってやるぞヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシ…」  猫のように眼を細めて擦り寄ってくるミスズの頭を撫でていると、大神官が割って入った。 「…シオン様? 公爵方の治療をして宜しいでしょうか?」 「もちろん構わないよ。この国にとって大切な方々なのだろうから、丁重に癒してやってくれ」
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