第四十六話 残り物にはなんとやら

1/1
前へ
/66ページ
次へ

第四十六話 残り物にはなんとやら

「アレクス隊には使える方がいなかったので、誰も手に取らなかった両手剣です」  そう言って大神官は両手剣を差し出した。鞘の長さは百五十センチ。鍔には黒と白の、宝石のような石があしらわれている。 「古文書には“重くて硬い剣”と記されております」 「残り物にはなんとやら、か」  “重い”という触れ込みに警戒しつつ、剣を受け取った瞬間に覚えた違和感。 「大神官、これは…」  重いどころか、その剣は今まで使っていた物と比べても、バカみたいに軽かった。軽い物を重いと偽って渡すと、腰を傷めるんだぞ。  それに、扱い易そうではあるが、両手剣の破壊力は重さにこそあり、軽ければいいというものではない。 「仰りたいことは分かります」  俺の心を読んだように、大神官は傍らの椅子を引き寄せ、眼の前に置いた。そして背凭れを指差して言う。 「軽く、刃を当ててください」  大神官がなにを意図しているのか分からなかったが、取り敢えず俺は剣を抜いた。 「…おぉ…」  カッターナイフのように薄い刃は、燭光に照り映えて、程よく焼けたチタンマフラーのように虹色に輝いている。それだけでもタダモノではないことが分かるが、日光ならもっと美しく輝くことだろう。  ただし、その金属光沢が嘘臭く思えるほど軽いのだが。 ポウーン…  刀身をノックすると、音叉のような音がした。 「んはは、おーまーえーはーあーほーかーって感じやな」 「…これで、椅子を叩くのだな?」 「はい、刃の部分でお願いします」  大神官の言う通り、刃を立てて椅子の背を軽く、ほぼ乗せるくらいの勢いで小突いた。 ドガシャン!  その瞬間、剣は途轍もなく重くなり、椅子は真っ二つになったが、刀身が床に触れる直前、剣は元のように軽くなった。 「なな? なんやソレぇ? なんでそんなことになるん?」  素っ頓狂な叫びを上げて立ったミスズに、大神官は微笑を返した。 「この剣は元々非常に軽くて強い金属でできておりますが、鍔の宝石の力により、刃が物に当たった瞬間だけ、途轍もなく重く、更に硬くなるのです」 「…それは凄いが、どういう仕掛けなんだ…?」 「古文書にはカンセイギヨの石とテーテクカの石とありましたが、何のことやら」  大神官は申し訳なさそうに頭を振り、慌てて付け加えた。 「…仕掛けは分かりませんが、効果だけは本物です。間違いなく起こる現象です」  俺はそのとき、ここ暫く疑問に思っていたことが氷解した気がした。  軽くて脆そうな物が、時として極めて重くて硬くなる。  それは蠱龍に起こるのと同じ現象ではないか。  蠱龍も、カンセイギヨとテーテクカの石を体内に持っていて、敵にぶつかる瞬間に、硬くて重くなるのではないだろうか。 「そうか。俺も頭が詰まった方じゃないし、説明されても分からないだろうな。ありがとう、使わせてもらうよ」  大神官は慇懃に頭を下げた。  アレクス隊には両手剣を使う者はいなかった。だからこの剣に触れる者はおらず、この剣の特性を知るに至らなかった。  この軽さなら片手で扱うこともできるだろうから、俺にとっては幸運だったと言える。 「それと…、この宝愛袋を」 『あ、あれは…』 『どうしたアリア?』 『あれは、我が家の家宝です。あれに物を入れると、小さく軽くなって、たくさん持てるようになるそうです』  またしても出た謎道具。どういう仕掛けなのかが気になったが、説明する方もされる方も分からないだろうから、疑問を飲み込んだ。 「たくさんの物が入る袋です。大きさは約十分の一になります」  その袋を受け取りながら、俺は考えた。  もしもこの袋がもっと早く手に入っていたなら、蠱龍に水がかかるようなアクシデントが起こらないから、未だに置物だっただろう。  ん? もしかしたら、砂龍に喰われていたのか?  いや、風バイクから落ちたのは蠱龍に驚いたせいだから、砂龍戦自体が起こらなかったわけか? んん? なんか混乱してきたぞ?  …まぁ、今更どうでもいいか。 「…それと、まことに申し訳ないのですが、魔法使い用の道具は残されておりませんでしたので、ミスズ様には何も御用意できません」  言葉通り、申し訳なさそうに大神官は頭を下げた。 「あー、かめへんかめへん。ウチはめっさ強いさかいな、この一張羅と棒だけで充分や」  そう言ってミスズは、“棒”をペンのように回した。  それを聞いた大神官は、ほっとしたような顔でプリンチナに退室を告げた。  プリンチナはテーブルに手を衝いて立ち上がると、電池が切れかけたような緩慢な動きで、大神官に続いた。 「姫…」  その姿が余りにも哀れで、思わず呼び止めてしまった。  立ち止まったプリンチナは、油の切れたからくり人形のような動きで振り返った。 「こ、この剣のお陰で、凄く、心強いです。国宝凄い」  例によって、直訳したような発言。 「…ありがとうシオン様。私も希望を持てるようになりました」  プリンチナは少し元気になった足取りで、控え室を辞した。 「アレクスが…」  二人が部屋を出て行った後、俺は思わずその名を呟いた。  あんな強そうな連中が勝てなかった魔女に、俺たちが勝てるのか?  いや、“俺たちが”じゃなくて“俺が”だ。問題は俺だ。  闘技場の戦い、ミスズは自分の力だけで勝った。  俺にあれができるか?   兵士二十人以上と魔術士ふたり。  それをひとりで、誰の力も借りず勝てるか? …無理だ。 「ミスズさん、さっきの自信は本気なのか?」 「んはは。流石のウチかて、半分くらいやで?」 「はは、凄いな、半分もあるのかよ」  ミスズの言葉に、最前感じた魔女への恐れが、緩和されていくのを感じる。俺がただのおっさんでも、ミスズ、アリア、蠱龍が居れば、何とかなる気がした。  翌日から俺は、“重くて硬い剣”を使いこなす訓練を始めた。  というのも、椅子の背凭れを小突いたとき結構な反動があって、少し腕を痛めてしまったからだ。それ自体は青い石ですぐに治ったが、戦闘中にやらかすと取り返しがつかなくなる。  それを防ぐには、そうだ筋肉だ。筋肉をつけるのが一番だ。  ルタリアの街から城を挟んで反対側に、城を建設するときに石材を切り出した岩山があった。現在は使われていないというので、そこを訓練場所とすることにした。  プリンチナの期待、というか懇願にも、できれば応えたいしな。 「こんな場所、特撮番組で見たことがあるな」  使われなくなって年月が経っているので、実際にはかなり草木に覆われ苔むしており、仮免ライダーで見たような、岩石が剥き出しの岩山とはかなり違っている。  岩山をひたすら、地形が変わるほど“重くて硬い剣”でブン殴る。  やり始めて分かったが、剣を振っているときに急に重くなれば、その分遠心力が大きくなる。一瞬だが違った挙動になるので、それに備える反射神経と、耐える筋力を養わねばならないのだ。  散々身体をいじめて、腕が上がらないくらい筋肉が傷んだら石袋の青い石で癒す。すると筋肉が修復される過程で、以前より少し筋肉量が増えるわけだが、所謂超回復というやつだ。これを一日に何度も繰り返す。  本来なら数日筋肉を休めないといけないが、そこを青い石で無理やり癒してしまおうという力技なのだ。  気の短い元相棒がドライフラワーを作るときに、乾燥させるのにシリカゲルだけでなく、電子レンジまで使っていたらしい。そういった感じの、即席且つ乱暴な方法である。  今更筋トレなんて正直泥縄感が否めないが、後悔するにしてもできるかぎりのことはしておきたい。なお、件の石袋は、ミスズには不要になったので貰ったものだ。 『シオン様、回復なら私が…』 「ダメだと言っただろう? 緊急の場合は仕方がないが、こんな不要不急なときは使わないでくれ」 『ですが、魔法を使わなければ長くいられるとは限りません。常に使っていた方が存在し続けられるのかも…』  身体の器官も使わなければ退化するし、アリアの言うことにも一理ある。  あるかも知れないが、俺は俺の直感を信じたい。  いや、信じる! 戦力的に劣っているのに、そのうえ直感まで当てにならないなんて、俺の存在意味がなさ過ぎる。 「だから!」  つい大声を出してしまって、すぐに後悔する。 「…すまん。魔女のアジトへ入ったら制限しないから、それまでは温存させてくれ」 『…はい、わかりました』  グウゥゥゥゥゥ… 「…帰るか」  青い石で回復するし、痛みも消えるが、代謝を加速させて筋肉を修復させるため、とにかく腹が減るのだ。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加