4人が本棚に入れています
本棚に追加
第四十六話 残り物にはなんとやら
「アレクス隊には使える方がいなかったので、誰も手に取らなかった両手剣です」
そう言って大神官は両手剣を差し出した。鞘の長さは百五十センチ。鍔には黒と白の、宝石のような石があしらわれている。
「古文書には“重くて硬い剣”と記されております」
「残り物にはなんとやら、か」
“重い”という触れ込みに警戒しつつ、剣を受け取った瞬間に覚えた違和感。
「大神官、これは…」
重いどころか、その剣は今まで使っていた物と比べても、バカみたいに軽かった。軽い物を重いと偽って渡すと、腰を傷めるんだぞ。
それに、扱い易そうではあるが、両手剣の破壊力は重さにこそあり、軽ければいいというものではない。
「仰りたいことは分かります」
俺の心を読んだように、大神官は傍らの椅子を引き寄せ、眼の前に置いた。そして背凭れを指差して言う。
「軽く、刃を当ててください」
大神官がなにを意図しているのか分からなかったが、取り敢えず俺は剣を抜いた。
「…おぉ…」
カッターナイフのように薄い刃は、燭光に照り映えて、程よく焼けたチタンマフラーのように虹色に輝いている。それだけでもタダモノではないことが分かるが、日光ならもっと美しく輝くことだろう。
ただし、その金属光沢が嘘臭く思えるほど軽いのだが。
ポウーン…
刀身をノックすると、音叉のような音がした。
「んはは、おーまーえーはーあーほーかーって感じやな」
「…これで、椅子を叩くのだな?」
「はい、刃の部分でお願いします」
大神官の言う通り、刃を立てて椅子の背を軽く、ほぼ乗せるくらいの勢いで小突いた。
ドガシャン!
その瞬間、剣は途轍もなく重くなり、椅子は真っ二つになったが、刀身が床に触れる直前、剣は元のように軽くなった。
「なな? なんやソレぇ? なんでそんなことになるん?」
素っ頓狂な叫びを上げて立ったミスズに、大神官は微笑を返した。
「この剣は元々非常に軽くて強い金属でできておりますが、鍔の宝石の力により、刃が物に当たった瞬間だけ、途轍もなく重く、更に硬くなるのです」
「…それは凄いが、どういう仕掛けなんだ…?」
「古文書にはカンセイギヨの石とテーテクカの石とありましたが、何のことやら」
大神官は申し訳なさそうに頭を振り、慌てて付け加えた。
「…仕掛けは分かりませんが、効果だけは本物です。間違いなく起こる現象です」
俺はそのとき、ここ暫く疑問に思っていたことが氷解した気がした。
軽くて脆そうな物が、時として極めて重くて硬くなる。
それは蠱龍に起こるのと同じ現象ではないか。
蠱龍も、カンセイギヨとテーテクカの石を体内に持っていて、敵にぶつかる瞬間に、硬くて重くなるのではないだろうか。
「そうか。俺も頭が詰まった方じゃないし、説明されても分からないだろうな。ありがとう、使わせてもらうよ」
大神官は慇懃に頭を下げた。
アレクス隊には両手剣を使う者はいなかった。だからこの剣に触れる者はおらず、この剣の特性を知るに至らなかった。
この軽さなら片手で扱うこともできるだろうから、俺にとっては幸運だったと言える。
「それと…、この宝愛袋を」
『あ、あれは…』
『どうしたアリア?』
『あれは、我が家の家宝です。あれに物を入れると、小さく軽くなって、たくさん持てるようになるそうです』
またしても出た謎道具。どういう仕掛けなのかが気になったが、説明する方もされる方も分からないだろうから、疑問を飲み込んだ。
「たくさんの物が入る袋です。大きさは約十分の一になります」
その袋を受け取りながら、俺は考えた。
もしもこの袋がもっと早く手に入っていたなら、蠱龍に水がかかるようなアクシデントが起こらないから、未だに置物だっただろう。
ん? もしかしたら、砂龍に喰われていたのか?
いや、風バイクから落ちたのは蠱龍に驚いたせいだから、砂龍戦自体が起こらなかったわけか? んん? なんか混乱してきたぞ?
…まぁ、今更どうでもいいか。
「…それと、まことに申し訳ないのですが、魔法使い用の道具は残されておりませんでしたので、ミスズ様には何も御用意できません」
言葉通り、申し訳なさそうに大神官は頭を下げた。
「あー、かめへんかめへん。ウチはめっさ強いさかいな、この一張羅と棒だけで充分や」
そう言ってミスズは、“棒”をペンのように回した。
それを聞いた大神官は、ほっとしたような顔でプリンチナに退室を告げた。
プリンチナはテーブルに手を衝いて立ち上がると、電池が切れかけたような緩慢な動きで、大神官に続いた。
「姫…」
その姿が余りにも哀れで、思わず呼び止めてしまった。
立ち止まったプリンチナは、油の切れたからくり人形のような動きで振り返った。
「こ、この剣のお陰で、凄く、心強いです。国宝凄い」
例によって、直訳したような発言。
「…ありがとうシオン様。私も希望を持てるようになりました」
プリンチナは少し元気になった足取りで、控え室を辞した。
「アレクスが…」
二人が部屋を出て行った後、俺は思わずその名を呟いた。
あんな強そうな連中が勝てなかった魔女に、俺たちが勝てるのか?
いや、“俺たちが”じゃなくて“俺が”だ。問題は俺だ。
闘技場の戦い、ミスズは自分の力だけで勝った。
俺にあれができるか?
兵士二十人以上と魔術士ふたり。
それをひとりで、誰の力も借りず勝てるか? …無理だ。
「ミスズさん、さっきの自信は本気なのか?」
「んはは。流石のウチかて、半分くらいやで?」
「はは、凄いな、半分もあるのかよ」
ミスズの言葉に、最前感じた魔女への恐れが、緩和されていくのを感じる。俺がただのおっさんでも、ミスズ、アリア、蠱龍が居れば、何とかなる気がした。
翌日から俺は、“重くて硬い剣”を使いこなす訓練を始めた。
というのも、椅子の背凭れを小突いたとき結構な反動があって、少し腕を痛めてしまったからだ。それ自体は青い石ですぐに治ったが、戦闘中にやらかすと取り返しがつかなくなる。
それを防ぐには、そうだ筋肉だ。筋肉をつけるのが一番だ。
ルタリアの街から城を挟んで反対側に、城を建設するときに石材を切り出した岩山があった。現在は使われていないというので、そこを訓練場所とすることにした。
プリンチナの期待、というか懇願にも、できれば応えたいしな。
「こんな場所、特撮番組で見たことがあるな」
使われなくなって年月が経っているので、実際にはかなり草木に覆われ苔むしており、仮免ライダーで見たような、岩石が剥き出しの岩山とはかなり違っている。
岩山をひたすら、地形が変わるほど“重くて硬い剣”でブン殴る。
やり始めて分かったが、剣を振っているときに急に重くなれば、その分遠心力が大きくなる。一瞬だが違った挙動になるので、それに備える反射神経と、耐える筋力を養わねばならないのだ。
散々身体をいじめて、腕が上がらないくらい筋肉が傷んだら石袋の青い石で癒す。すると筋肉が修復される過程で、以前より少し筋肉量が増えるわけだが、所謂超回復というやつだ。これを一日に何度も繰り返す。
本来なら数日筋肉を休めないといけないが、そこを青い石で無理やり癒してしまおうという力技なのだ。
気の短い元相棒がドライフラワーを作るときに、乾燥させるのにシリカゲルだけでなく、電子レンジまで使っていたらしい。そういった感じの、即席且つ乱暴な方法である。
今更筋トレなんて正直泥縄感が否めないが、後悔するにしてもできるかぎりのことはしておきたい。なお、件の石袋は、ミスズには不要になったので貰ったものだ。
『シオン様、回復なら私が…』
「ダメだと言っただろう? 緊急の場合は仕方がないが、こんな不要不急なときは使わないでくれ」
『ですが、魔法を使わなければ長くいられるとは限りません。常に使っていた方が存在し続けられるのかも…』
身体の器官も使わなければ退化するし、アリアの言うことにも一理ある。
あるかも知れないが、俺は俺の直感を信じたい。
いや、信じる! 戦力的に劣っているのに、そのうえ直感まで当てにならないなんて、俺の存在意味がなさ過ぎる。
「だから!」
つい大声を出してしまって、すぐに後悔する。
「…すまん。魔女のアジトへ入ったら制限しないから、それまでは温存させてくれ」
『…はい、わかりました』
グウゥゥゥゥゥ…
「…帰るか」
青い石で回復するし、痛みも消えるが、代謝を加速させて筋肉を修復させるため、とにかく腹が減るのだ。
最初のコメントを投稿しよう!