第四十八話 ホンマに懲りひん奴っちゃなぁ

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第四十八話 ホンマに懲りひん奴っちゃなぁ

「ウチらめっちゃ強いし、王様になれるんちゃう?」 「王様か、それもいいな。じゃあミスズさんはお妃様だ」  貴族も王族も、初代は大概ならず者の親玉だ。少なくとも初代は、他を圧倒する力があればいい。そこに宗教でもこじつけて、聖者に選ばれた風を装えば一丁上がり。後は、“自分は偉い”と自己暗示をかけ続ければ、三代目には万世一系神聖不可侵至高至尊の絶対者が出来上がる。ミスズと一緒なら、それくらいできてしまいそうだ。 「んはは。おっひゃんのほほ、かはぁい!」  照れ隠しなのかなんなのか、ミスズは俺の肩をガジガジ噛んだ。 「いてて。噛むな噛むな」 「歯ごたえあるわー、マンモーの肉みたいや!」 「食べたことあるのか? そんなもの」  ところでマンモーってなんだ? バケモノ? 「んはは、幸せ感じるわぁ」  ミスズの幸せ宣言を聞いているのかいないのか、アリアは湯船の縁に腰掛けて、遠くを見ている。実体は無いのだから、服を着たままでいいと思うが、なぜかちゃんと脱衣状態の姿になっている。  うーむ、芸が細かい。 「そろそろ上がろうぜ。晩飯の時間だ」 「んぁ、ちょっと待ってや」  ミスズはその場で立ち上がると、前に出した手をにぎにぎした。 「…これでイケると思うんやけど…」  呟くと、手に持っていた何かをひょいと投げ上げた。  その何かは風切り音とともに更に高く昇り、光が弾けた。  その光は赤一色だったが、これは…。 「…おぉ、花火か?」 「でや、凄いやろ?」  魔法石合成とでも言うべきか、以前はできなかった、赤い石と緑の石を組み合わせるのに成功したということだな。俺がひとりで洞窟や石切り場に行っていた間、ミスズはミスズで努力していたのだ。 「ああ、凄い。魔法花火か、これは売れるだろうな」 「おっちゃんが魔法石組み合わせるのんをやってみいって言うたさかい、他にも色々考えてやってみたんや。割と上手ぅいったで」 「他にも?」 「追々見せたるから、楽しみにしとき」  そう言ってミスズは、くふふと笑った。 「あぁ、そうしておく…破魔魂聖!」  アリアが俺の口を使って叫んだと同時に、俺たちの背後に円形の光が展開し、少し遅れて無数の矢が突き刺さった。 「おぉ? なんやなんや!」 「公爵さんだろうな、多分」  遠距離攻撃は無意味と悟ってか、剣を持った兵士の一団が、川の土手を駆け下りてきた。 「ホンマに懲りひん奴っちゃなぁ…」 「まったくだが、今回は俺が行こうか?」  修行の成果を確かめたい気持ちもある。 「うんにゃ。これ使うたる」  ミスズは、ぺろりと舌を出して土手に向き直ると、両手をにぎにぎし始めた。 「ほりゃあ!」  握って開くたび、手のひらから幾つもの光弾が放たれ、それらは矢を防いだ光円を回り込んで前方へ飛び去った。 ドン! ドドン! ドン!  前方で花火の光球が次々広がり、兵士が叫びと共に飛び散った。戦争映画で見たことのある、無謀無策な闇雲の突撃作戦のようだ。  花火が赤なので、血が飛び散っているように見えるのが少々グロい。  『一方的な展開だが、こいつら囮じゃないか?』  注意しながら周囲を見回しつつ、俺はアリアに語りかけた。  普通なら闘技場と同じ攻め方で来るとは考えられない。例えば川の対岸からの長距離攻撃とか、搦め手を疑うのが当然の展開だ。 『いえ、私も警戒していますが、土手側からの気配しか感じません』  本当に考えなしの懲りない連中ということなのか? ドン! ドドン! ドン!  機関砲のような勢いで発射される花火によって、一分を経ずして、立っている者は居なくなった。 「…なんや、もう終わりかいな。こないだよりおもんなかったわ」 「ミスズさん、効き目が弱い青い石をたくさんと、死なないくらいの強さで、ジワジワ毒を出す黄色い石をひとつ作ってくれ」 「んお? こないだとおんなじ、めんどっこい注文やな」  二度目だからか、ミスズはすぐに右手から青い石をたくさん、左手から黄色い石をひとつ出した。 「…ほいよ」 「サンキュ」  俺はそれを持って土手を上がった。  倒れた兵士に青い石をぶつけながら、“ヤツ”を探して歩く。なお、青い石の効き目を弱くしてもらったのは、完治させて襲い掛かられると面倒だからだ。 「…おやおや、やっぱり居ましたね、公爵様」 「ぬ、ぬうぅ、貴様…」  後方で隠れていたと思しきマルメターノ公爵は、しっかり流れ弾を食らって丸焦げになっていた。 「折角治療に参ったのですから、そう仰いますな」  俺は公爵の傍らに膝を衝き、顔を近づけた。 「あんたはやりすぎたよ。今後は下賎の者が、黙って殴られていると思わんことだ」  先日盗賊にやったのと同じように、公爵のむき出しになったぶよぶよの太ももに、人差し指で穴を穿った。  「うぎゃああぁ…!」 「殺しはしないが、ちょっとばかり辛い目に遭ってもらうぜ」  その穴に黄色い石をねじ込み、青い石で癒す。 「き…貴様、私になにをしたのだ?」 「内緒だ」  取り出されると困るから教えないが、俺が埋め込んだ黄色い石は、長く毒素を出し続け、公爵を苦しめるだろう。 「それでは息災で」  言い捨てて踵を返した。まぁ、息災であるほど苦しみが続くのだし、本当の意味での息災であるとは思えないが。  花火を作れたのは、俺が組み合わせることを教えたからだとミスズは言ったが、こんな陰険な魔法石の使い方は教えられないな。  すっかり身体が冷えてしまったので、土手から駆け戻った俺は、湯船に飛び込んだ。 「やっぱり公爵だったから、傷を治してやって、“お元気で”って言っておいた」  うん、嘘は言っていないな。 「いきなり裸で行きよるさかい、何しに行ったんかと思たわ」 「派手に撃退したから、多分城の兵士が来るな。もう上がろうぜ」  俺はミスズを抱き上げ、川原に上がった。 「おっちゃん、ちょっと待ってや」  言うと、ミスズは手をぎゅっと握り、緑の石を拵えた。  それを足元に投げると、そこから風が立ち上がる。俺は身体が浮きそうになっただけだが、ミスズは本当に浮いた。 「んははは、楽しいわぁ!」  ミスズが明後日の方向に飛んでいってしまわないかと心配して、最初は手を繋いでいたが、そっと離してもそれ以上は上がらなかった。  まるで天から降ってきた少女のように、川原から二メートルくらいのところで浮きっぱなし。  強い風に巻き上げられた長い髪と水滴が夕日に輝いて…。 「とても綺麗だ。輝いているよ、ミスズさん!」  思わず口に出してしまったが、風音にかき消され、ミスズの耳には届かなかったようだ。強い風は声と共に水分を吹き飛ばし、俺たちの身体を急速に乾燥させた。 「もういいだろう。あんまりやると、ミスズさんが干物になっちまう。ハハ、干物作りが干物にってヤツだな」  ミスズを風域から押し出すと、すとんと俺の腕に戻った。身体はすっかり乾いていた。 「あぁ整った、整った」 「トトノッタってなんなん? 楽器?」 「これはな、熱い風呂から上がり、涼しい風に吹かれたら、つい口から出てしまう謎の言葉だ」 「なんやそれ、呪いか! 怖いわ」  そう言うと、ミスズは先ほどの茂みに走っていった。 「ほな服着てくるわー」   その後姿を見送って、俺は考えた。いつの頃からか俺は、ミスズに“可愛い”だの“綺麗”だのと言うことに抵抗がなくなっていた。  それは、彼女に欲情しなくなったのと、ちょうど同じ頃だろうか。  例えるなら、触れ合えると楽しく、愛しくもあり可愛くもあり、失えばこの世の終わりの如く思うほどに愛せるペットの大型犬に、性的興奮を覚えないようなものか。  若しくは、俺は彼女に仕える宦官にでもなってしまったのかもしれない。  言うまでもなく、俺はミスズが好きだ。大好きだ。  戯言の婚約に、心がときめくほどに。  妄想の未来図に、胸熱くなるほどに。  服を着て少し経ったころ、思ったとおり城の兵士が大挙してやってきた。派手な爆発が連続して起こったのだから無理はない。 「…勇者様でしたか。なにごとです?」  口にこそ出さなかったが、件の発言をした兵士長の顔には“またお前らか”と書かれていた。 「入浴中に謎の集団に襲撃されたので撃退した。賊はまだその辺に転がっている。…あぁ、奥には金巻き毛の賊もいたな」  兵士は頸をかしげて走っていった。
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