第五十二話 相手にとって不足はないっちゅーヤツや!

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第五十二話 相手にとって不足はないっちゅーヤツや!

「おまっとさーん! いっくでえぇ!」  帰ってきたミスズの左手のひらから、極太の炎が発せられ、動死体の塊を焼いた。 「もういっちょう!」  ボクシングのワンツーのように、間髪を入れずに右手から炎を出した。それは最初の炎で脆くなった場所を直撃し、動死体の塊が弾けた。 「おお、連発も出来るのか!」 「よっしゃあ!」  思わずガッツポーズをとるミスズ。  ミスズが穿った穴に風が吹き込み、その中心に居る人影の銀髪が靡いた。そこに抜け目なく蠱龍が突入する。 「おっ、タイミングを計っていたな」  少なくとも犬猫以上の知能はあると思っていたが、もしかしたら人間並みか、それ以上なのかもしれない。龍だしな!  蠱龍は魔女に肉迫したが、奥から巨漢の動死体が緩慢な動きで現れ、携えていた巨大な斧を振り下ろした。 ガイィィィィン!  火花を散らして、真正面から両者はぶつかった。巨漢はよろけて後退し、蠱龍は弾き飛ばされた。 「ひゃあ、あのおっかない砂ちんちんをいてもうたコリュンを打ったんか。ボテボテのゴロやけど、なかなかやるやんあのでかいの…って、あれ金髪チリ毛の仲間ちゃうん?」  偶然“ノリ突っ込み”のようになったミスズが叫んだ。  まさしくそうだ。あの巨漢は、五日前、勇者アレクスと一緒に旅立った斧戦士に違いない。あいつも動死体にされてしまったのか。 『それだけではありません! 一瞬見えたあの影は…』  アリアの言うそれは、ミスズよりさらに小柄で、一瞬あらわになったものの、すぐに巨漢の動死体が隠してしまった。 「なんやちっこいのんが見えたな。なんやアレ」 「子供ではなかったか? 魔女は子供なのか?」 『違います、アレは聖森人の…』  取り乱したアリアが、前に進み出る。 「…わかったで、あの女や! 金髪チリ毛と一緒におった、あの女や!」 「なんだって? リサとかいう、あの女が魔女だったのか?」 「現にあっこに居るやん!」  ミスズはこぶしで手のひらを打ち、後を続けた。 「あん時のアレは、こーなるっちゅーことやってんな?」  あの時のアレとは、城門で眼が合ったときのことだ。 「…本当にそうなのか? アレクスの仲間については、大神官が身元調査をしたと言っていたが…」 『分かりません。…分かりませんが、今は!』  その通りだ。魔女が誰であろうと、攻撃してくるなら敵だ。選択肢は“倒す”か“倒される”かしかない。  そして選択すべきなのは“倒す”だけだ。 「聞こえたかミスズさん!」 「あぁ、よう知らんけど聖森人やて? 相手にとって不足はないっちゅーヤツや!」  ぺロリと舌を出して唇をなめた。 「ワレに恨みはないけど、長いこと溜め込んだウチのなんだかんだ、ぶつけさしてもらうでぇ!」  “恨みはない”確かにそうだろう。  そしてミスズには、この国に思い入れはない。恩義もない。  むしろ魔女の存在は、ダンプカーに轢かれて死ぬはずだったミスズが、こちらの世界に来ることになった原因であったのかもしれない。  ならば自分が今、生きていられるのは、魔女のお陰なのではないか。 自分には、魔女を倒す理由はないのだと、ミスズは気付いていたのだ。  俺は神官たちが明確な意思を持ってこちらに呼んだ。  ならばミスズも、誰かの苦しみが、怒りが。そういった不明確な意識が、自分に何かをさせようとして招いたのではないか。  敵でもあり恩人でもある相手に、恨みではなく恩義でもない理由で戦いを挑む。 “ワレに恨みはないけど、長いこと溜め込んだウチのなんだかんだ、ぶつけさしてもらうでぇ!”  それは、言葉にしにくい意識が綯い交ぜとなった、感情の発露であっただろう。 「お待ちかねのぉ、魔法の時間やぁ!」  叫んで“棒”を魔女に向けると、ビームのような炎が伸びた。 「知ってるで! なんぼ魔法抵抗力ちゅんが高ぅても、これは防げひんのやろ?」  炎ビームを食らった動死体は、鎧はびくともしなかったが、そこからはみ出した手足や頭が蒸発した。胴体入りの鎧が、硬い石の床にゴロンと転がった。 「んっはは。見たかや! オロクは焼いたるのが供養や!」  こぶしを突き出してミスズが叫んだ。 「まあその通りだが、凄いこと言うなぁ」 『死者は生き返りませんから、ミスズ様の仰る通りです。死んだ直後ならまだしも、時間が経つと身体はどんどん腐り、壊れていきます。そうなったら私にも、恐らく誰にも蘇生は出来ません!』 「どんどん焼いてくでぇ!」  ミスズが魔法屋に行って、こちらの攻撃が手薄になったのを察知してか、動かなくなった動死体を踏みしだきながら、件の巨漢が突撃してきた。  ドスドスという振動が伝わってくる。 「走る動死体か、もっとそれらしく振舞えよ…」  動死体と言えば、呻きながらフラフラ歩くのがお決まりだが、流石勇者の仲間とでも言うのか。やはり一味違う。  走り寄ってきた巨漢は、その勢いのまま斧を振り下ろした。  俺はそこに、直角に交差するように剣を打ち込んだ。 ガイィン!  蠱龍のときと同じように、巨漢はよろけて後退し、俺はたたらを踏んで前進した。  同じ石によるものかは分からないが、この剣と蠱龍は、同程度のテーテクカとカンセイギヨの能力を持っているようだ。  真っ向からぶつかれば圧し勝つことができるというのは朗報だが、向こうは完全ナチュラルパワー、こちらは下駄を履かせてもらっている状況。  対応を誤れば、戦いの天秤はすぐに不利に傾いてしまう。  “重くて硬い剣”は“合”の瞬間に重く硬くなる剣だ。  なので、攻勢時は剣を振る速さに重さが加わり、相手の得物を弾き飛ばすことができるが、守勢時は単に重い剣として俺の身体に圧し掛かってくるのだ。  立ち直った巨漢が、再び斧を振り下ろしてきた。こちらも同じように剣を合わせる。 『強力殺!』 ゴイン!  アリアの強力殺のお陰で、さっきより楽に斧を弾くことができた。  立ち直った巨漢が、再び斧を振り下ろしてきた。  こちらも同じように剣を合わせる。 ゴイン!  巨漢はさっきとまったく同じ攻撃を繰り返した。 『んん? この野郎、こっちが疲れるのを待つつもりか?』  疲れ知らずの動死体なら、ありえる戦法だ。  立ち直った巨漢が、再び斧を振り下ろしてきた。  相手が何かをしようとしていても、受けないわけにはいかないので、こちらも同じように剣を合わせる。 ゴイン! 『軽い?』  その攻撃は、先刻までのものより格段に軽かった。  そのせいで身体が泳いだ俺は予想外に前進し、弾かれるのを予測していたであろう巨漢は、勢いを利用して身体を捻り、横薙ぎに斧を繰り出してきた。  がら空きの胴に、巨大な斧が迫ってくる。 『野郎、動死体のクセに頭使ってんじゃねぇ!』  理不尽な怒りを覚えつつ、なんとか姿勢を立て直そうとする。  いくら通常は軽いとは言え、体勢を崩しているので剣を引き戻すことは難しい。とっさに身体を捻って腰の予備剣で受ける。 『豪金剛!』 ゴッ!  防御力を上昇させる豪金剛のお陰で持ち堪えた。アリアの手助けがなければ、受けた剣ごと両断されていただろう。  巨漢が斧を引き戻そうとしたとき、予備剣に新しく入れたアプリが光を発した。また三つの光が出ているが、例によって意味不明だ。 「なんだか分からんが、俺を助けろ!」  光がひとつになった。何かが起こったはずだが、まだわからない。 「…ウゴ? …ガァッ!」  巨漢が斧を押し引きするが、どういった塩梅か、剣に吸いつけられているようで離れない。よくやったぜアプリちゃん!   …と褒めてやりたいところだが、俺も斧と一緒に力任せにシェイクされている。  この間に姿勢を立て直そうと試みたが思うに任せず、無理して後ろにいる巨漢を剣で突こうとしたところ、刀身を掴まれてしまった。 『くっ。やはり、やんわり掴まれると石は作動しないか…』  鞘の中で誤作動する可能性があるから、それは仕方がない仕様だろう。  互いに相手の武器を封じた姿勢での鍔迫り合い、というか小競り合いだが、圧倒的に俺のほうの体勢が悪い。  アリアは続けて法術を使ったせいで、一種のオーバーヒート状態になっており、冷却中のようだ。ミスズは魔法屋に行ったままだし、俺はギリギリと巨漢に力と体重で圧されて、膝と腰が悲鳴を上げている。 『こいつは、ヤバいぜ…』  強力殺と豪金剛かけてもらって、その上アプリの助けと反則級の武器を使ってこの体たらくか。情けないにも程がある。
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