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第五十四話 お前も、帰れたらいいのにな…
「…んじゃ、奥の手出さなアカンな。ちょう長いめに時間稼いでや!」
「よし、任せておけ!」
ミスズは皮袋から手のひらいっぱいの無色クリスタルを取り出し、一瞬躊躇ったあと、まとめて頭に叩き込んだ。
「んぎいっ…!」
ミスズの口から苦痛の悲鳴がこぼれた。
「…お、おっちゃん、周りのやつらぶっ飛ばすさかい、後は頼んだで」
「よし!」
財布をめいっぱい膨らませたミスズは、顔を顰めて魔法屋に行った。
ミスズが魔法屋に行ってすぐ、円形の光が、魔女の近辺から幾筋も発せられた。
それらはいとも簡単に、アリアの破魔魂聖を切り裂いた。今まで何度も爆発から護ってくれた破魔魂聖を、これほどまでに容易く、何の抵抗もなく切り裂く攻撃とは何なのか。
「なんてこった。なんなんだあの攻撃は!」
そう言っているうちに、再び光の刃が俺たちを襲った。
「くそっ!」
とっさに無防備なミスズの前に出て庇ったが、光の刃は破魔魂聖を切り裂いただけで、俺にはなんのダメージも及ぼさなかった。
「…なに?」
『分かりました! あれは日暈剣の攻撃です! 日暈剣はくるりと回せば破魔魂聖を張ることができます!』
アリアのビジョンが、円月殺法のように腕を回した。
『しかも、振ると、先ほどのように円形の破魔魂聖を飛ばして、攻撃することができるのです!』
「だから破魔魂聖を切り裂くだけで、人間にはダメージがないのか」
『本来日暈剣は、動死体に対する特効武器ですから…』
破魔魂聖と日暈剣は同じ性質だから、中和されてしまう。
人間にダメージは無いとは言え、遠隔で破魔魂聖を無効化できるのは危険だ。
接近しないと効かなかった、武闘修道士の破魔魂聖中和作戦よりずっとヤバい。破魔魂聖を使う動死体という、かなりイレギュラーな存在が連続出現だ。
「つまり、動死体に効果絶大な武器を持って魔女討伐に出た者が、借りパクしてそのまま使っているということか。…ん? アリアはあの武器を知っているのか?」
『お城の宝物の中に、ありました』
「…それはつまり、この攻撃はアレクスってことなんだな?」
『…そうです』
他の三人が居たのだから、アレクスが居てもおかしくはない。
ミスズじゃないが、“ワレとはこうなる運命やってんな”という気分だ。
現在、彼女が言うところの“魔法屋で買い物”をしている状態だが、いつもより長い時間がかかっている。それは、今までにない大きな買い物をしているために他ならない。
さてどうするか。
俺の剣には遠隔攻撃能力はないが、向こうはガンガン円形の破魔魂聖を打ち込んでくる。それ自体にダメージが無いとは言え、こちらが不利なのは間違いない。
この状態では、ミスズが戻ってきて魔法をぶち込んでも、アレクスに防がれてしまう可能性が高い。なんだよあの剣、めちゃくちゃ便利な、動死体相手には反則級のチート武器じゃないか。あの野郎、なんであんなモン持ってて、魔女を倒せてないんだ?
「アリア、破魔魂聖を俺自身にかけることはできるか?」
それは単なる思い付きだった。
「どういうことでしょうか?」
「いつもは何もないところに向けて使っているのを、俺に向けて…いや、俺そのものに使ってくれ」
「そんなことはしたことがありませんので、どんな影響があるか…」
破魔魂聖には様々な効果があり、まず、あらゆる物理攻撃と魔法攻撃に抵抗がある。加えて、動死体が触れると大ダメージを受けるが、生きた人間が触れても問題ない。
ただし、生者に影響がないのは、飽くまでも使用法を守った場合に限られる。俺が言っているのは、傷薬や水虫薬を飲むような話なのだ。
「いいから、俺が“やれ”と言ったら頼む」
『わ、わかりました』
「よし、じゃ走るぞアリア!」
『は、はい?』
宣言したとおり、俺は走りだした。
アレクスに向けて走った。
魔法屋に行ったミスズを残し、周りに張られた破魔魂聖から飛び出す。
幸い魔女は蠱龍が惹きつけていてくれているので、ミスズに害は及ばないはずだ。動死体を蹴散らすだけで済む。
反面、アレクスは味方の動死体に当たってしまうから、日暈剣での攻撃ができない。そのお陰で、アレクスの眼と鼻の先まで近付くのに、たいした時間はかからなかった。
ヤツは剣を構え直して、俺を迎え撃とうとしている。駆け寄った勢いそのままに、力任せに剣を打ち込むと、驚いたことに重くて硬い剣を真正面から受け止めた。
「なんだと…こいつも強力殺を?」
『いえ、動死体は力の制限ができなくなっていますが、身体が強化されているわけではありません! …ご覧ください』
アリアに促されてアレクスを観察すると、確かに身体のあちこちが捻れたり曲がったりと、変な感じになっている。
神経が生きていたら、めちゃくちゃ痛そうだ。
「…よう勇者一号、あんまり遅いんで、助っ人に来てやったぜ」
息を整えながらジョークを飛ばしたが、当然、反応はない。その濁った瞳には、何も映っていないようだった。
コイツとは相棒になれないし、友達にもしたくない男だったが、決して嫌なやつではなかった。だから、こんな異世界に否応なく連れてこられて、動死体として果てることに哀れむ気持ちはある。
「お前も、帰れたらいいのにな…」
右手を剣から離し、拳を作ってアレクスの顔に伸ばす。
こんなときは、ドラマやアニメにあるように、本当にスローモーションに見えてくる。
ただし、相手がゆっくりに見えるぶん、自分もゆっくりしか動けないので、気ばかり焦ってもどかしくなる。
「うおぉおおおおぉぉ!」
“運命”なんてものが本当にあるかどうか、俺には分からない。
人はそれを、決意のときに口に出し、夢破れて再び口にする。成功したときは自分の手柄にしてしまうから、得てして口にしないものだ。
そんな不確かなものを気にするのは、愚かな行為だと思っていた。
だが、ミスズはそれを“運命”だと“定め”た。
自分の運命として向き合った。
ならば、彼女にとって“魔女”がそうであるように、俺にとってはアレクスが運命なのだろう。
俺もこいつを避けて通ることはしない。
俺がこの手で倒す!
「アリア、やれ!」
『破魔魂聖!』
アレクスの剣が、張ったばかりの破魔魂聖を貫き、鎧を掠めて俺の左肩に刺さった。俺はその刀身を、辛うじて動いた左手で固定し、残った右の拳をヤツに向けて突き込む。
アレクスの顔面に、破魔魂聖を張った俺の拳が届いた。
先ほど武闘修道士と一緒に攻めてきた重鎧騎士の動死体と同じように、アレクスの頭は呆気なく崩れた。
「やった…!」
打ち込んだ右手を引き戻し、一、二歩後退する。
もっと楽な、合理的な倒し方はあっただろう。だが、こうしなくてはいけない気がした。なんだかんだ言っても、結局俺は、拳でカタを付けたい人種だってことなんだろう。
アレクスの崩壊は下に向けて伝播し、鎧から出た腕が、中身を失ったチューブのようにペラペラになった。それが脚まで伝わったとき、彼の身体を包んでいた煌びやかな装備一式は、その場に折り重なった。
『シオン様!』
切羽詰ったアリアの声が、呆けていた俺を現実に引き戻した。それと同時に、俺の身体は逆バンジーのように引き上げられた。この感覚は身に覚えがある。
蠱龍に吊られた俺は、棒立ちになったままのミスズの元に強制送還された。
「ぐっうっ…!」
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