第五十五話 なんだよ、遺言みたいなこと言うなよ

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第五十五話 なんだよ、遺言みたいなこと言うなよ

 肩に刺さったままだった日暈剣を引き抜き、ミスズを包む破魔魂聖を切り裂いて中に転がり込む。 『破魔魂聖!』 ダアアアァァァン!  アリアが破魔魂聖を張りなおしたと同時に、魔女の雷撃が打った。タイミングが良すぎる感もあるが、俺の気のせいだろうか。  ミスズはまだ魔法屋に行ったままで、今までより格段に時間がかかっている。  その間俺もサボっていたわけじゃなく、日暈剣を振りながらカタパルト用の雷魔石をばら撒いていた。後はミスズの魔法にタイミングを合わせて、自分の足に風魔石を叩き込むだけである。  だが、その肝心のミスズが戻らない。行ってから一分も経っていないだろうに、その十倍にも感じる。 「ミスズさん、早く戻ってきてくれ…」  「おまっとさーん! 特大のヤツ、買うて来たで!」  長い買い物から帰ってきたミスズが、カッと音がしそうな勢いで眼を見開き、右手を突き上げて叫んだ。  俺も、今まで振っていた日暈剣から、重くて硬い剣に持ち替えた。  日暈剣は短くて振りやすいし、動死体に特効なので都合がいいが、魔女に直接攻撃をかけるなら、重くて硬い剣のほうがいい。  顔をしかめながらミスズは、右手で里芋部を持っていた杖を、左手に移し、逆に持った。  つまり、里芋部を左手に握り込み、菜箸部を前腕に沿わせる形になっている。空いた右手には、持てるだけの雷魔石を掴んでいた。 「エエ加減に、大人しゅうせぇや!」  叫びと共に両方の腕を一直線に伸ばすと、左手の杖から出た光が、ローブの肩から背中にかけて配されていた装飾を通って、右手へと至る。  ピリピリという張り詰めた音と共に、外套全体が輝き始めた。 「あれが奥の手…。自分の身体を杖にするのか…!」 『あの外套も、褒賞級の品なのでしょうか?』  ミスズが外套に穴が空くのを恐れていた理由が分かった。あれは外套というよりも“着る杖”で、ただの装飾と思われていた金糸は、魔法力強化の回路だったのだ。 「…よっしゃあ、行くでおっちゃん!」 「ミスズさん! あの、魔女の前に転がっているアレクスの鎧を撃て!」 「あの白いヤツやな! なんか分からんけど、分かったで!」 「いいぞ! アリア、攻撃力と防御上昇頼む!」 『分かりました! 強力殺! 豪金剛!』  足元から硬質化の輝きが巻き起こると同時に、俺は自らの足に風魔石を叩き込んだ。後はミスズが”ぶっ飛ばす”のを待つだけだ。  剣の柄を強く握り締めると、宝石が振動して刀身が涼やかな音を立てた。 「ウチが回向したるさかい、大人しゅう往生せぇや!」  ミスズが発動したのは炎魔法のはずだった。  なのに、あまりの高温のため、光が赤くない。  白に近い黄色の光が背中を通り、右手に握られた雷魔石を過ぎると、白を超えた水色の光線となった。 『極大の炎魔法を、雷魔石で鋭く尖らせた、ということなのですか?』 「よく分からんが、そういうことだろうな!」  色々試したと言っていたが、これが成果ってことか。彼女自身、原理は分かっていないと思われるが、色々試してみた結果なのだろう。 「流石だな、篤と見させて貰ったぜ! 行くぞォ!」 チュオン!  暗闇を切り裂いた青白いビームは、正確にアレクスの鎧を狙い撃った。  当初、魔法抵抗力の高いアレクスの鎧に当たったビームは、岩に裂かれる激流のように拡散し、周囲の動死体を蒸発させた。  しかし次第に鎧は魔法抵抗力を失い、それと同時にビームは拡散の角度が狭くなり、収束していった。おかげで鎧より魔女側の半球形の空間は、余すところなくビームの掃射を浴び、その範囲の動死体はきれいに消滅した。  魔女に最も近いところを固めた動死体は、彼女を討伐に向かった、名のある戦士たちのものである。彼らは総じて魔法抵抗力の高い鎧を身に着けていたが、抵抗力をはるかに超える魔力の奔流が、鎧を溶かし、溶けた金属の飛沫が、魔女の側面を守っていた動死体の塊をも吹き飛ばした。  おまけに、超高温の炎ビームは、射線から遠く離れていた蠱龍を一気に乾燥させ、可哀想な蠱龍は、見る間に色を失って転がった。  ミスズの奥の手は、すべての動死体を焼き焦がし、魔女を孤立させた。今や防御法術を使えない魔女を護るものは何もない。  その玉座に向けて、雷魔石によって加速された俺が突き込む。 「がっ…?」  自身に何が起こったか、分からぬうちであっただろう。  小柄な魔女の胴体に、俺の形の穴が空いた。  魔女の身体は弾けて散った。  同時に、大神官から預かった重くて硬い剣も砕け、柄から外れた白と黒の宝石も床の上に転がった。 「んはは、やったで……んぐふ…」  俺が魔女を貫いたのを確認して、ミスズはぱたりと倒れた。 『やりました! やりましたよミスズ様!』 「…うっさいなー、大声出さんでも聞こえるて。あんたはんの声は耳塞いでも聞こえるんやからな…」 『あっ…!』 「うっ…!」  叫んだのは俺とアリアであった。  だしぬけに、光の塊が脳にぶつかって弾けたような感覚。眼球内に光が発生したかのように、眼を閉じても眩しさから逃れられない。  これを感じているのは俺なのか? それともアリアなのか?  光の中から現れた、魔女とも違う、見知らぬ女の顔と声。 『…そうか、おまえは、…そういうことか。ありがたい。ふははははは…! これはすばらしい。すばらし…』  女の声とともに光が消え、周囲の風景が戻ってきた。 「…なんだ? 今のは、アリアでは…ないよな?」 『私にも聞こえました。違います。私ではありません』 「そうだ! ミスズさん!」  仰臥するミスズの元に急いで駆け寄り、傍らに両手を衝いた。  「…おっちゃん、どないしてん?」  ミスズの眼からは光が失われている。もう何も見えていないようだ。 「ああ、なんか色々あったが、大丈夫だ。問題ない」 「んはは、ちょっと本気になりすぎてもたけど、よかったわ…」  ミスズの状態は勝者とは思えぬものだった。  外套から出た部分の火傷が酷い。恐らく内部も同様だろう。特に雷魔石を握っていた右手は、手首から先が完全に炭化していた。  しかし法術のエキスパートであるアリアになら治せるはずだ。 「ミスズさん、しっかりしろ! 今…」 『使ってます! 使っているのに! どうして…?』 「…そうか、あかんか」  そう言ってミスズは、ゆっくりと瞬きをした。 「ウチ、帰ってまうんか。なんか残念な気もするわ…」 『ああああ、なぜ…なぜ…!』 「アリアはん、回復はいらんで。今な、ごっつエエ感じなんや」 「どうしたんだ? ミスズさん?」 「なんか、分かるで。来たときと同じや。帰ってまう気がするわ」  確かに、ミスズの身体からは、金色の光がこぼれている。 「…アホやなぁウチ。死んでこっち来たんやもん。こっちで死んだら帰れるんが道理やわなぁ。…んはは」 「ミスズさん、しっ…!」  “死ぬな”と言いかけて、グッと堪えた。死ねば帰れるというのなら、それでいいのだろう。別れは辛いが、彼女にとってはそのほうがいいのだ。 「…けど、おっちゃんに会えてよかったわ。ウチが生きてきたん、おっちゃんに会うためやってんな。…それだけでも良かったわ。おおきになぁ…」  そう言ってミスズは手を。多分俺に触れるために手を上げた。  だがその手は薄っすらと透き通っていて、俺の手は何の抵抗もなく通り抜けて掴めなかった。その空間には、体温すら感じられなかった。 「ミスズさん、キミは俺に何度も礼を言ったが、礼を言うのは俺のほうなんだぞ?」  そうだ。俺はこの世界に来た最初の夜から今日までずっと、ミスズの温もりを感じて、その温もりに助けられていたんだ。 「キミが居なかったら、ここまで来られなかったし、魔女も倒せなかった。勇者は俺なんかじゃない。ミスズさん、キミなんだよ…」 「んはは、照れるやん」  照れ笑いをしていたミスズは、何かを思い出したように真顔になった。 「あ…言うとかんとあかんこと…」 「なんだよ、遺言みたいなこと言うなよ」 「…ごめん。ウチなぁ、おっちゃんに言うてなかったこと、あるんや」  出掛けに口篭っていた、夫婦の隠し事というやつか。 「なんだ? 許す! 謝らなくていいから言え!」 「…んはは、おっちゃん気ぃ早いなぁ」  笑顔で言った後、ミスズは真顔になって後を続けた。 「…あんなぁ、ホンマはミスズって、苗字やねん。なんか、言いそびれてもて…」  ヒュッと音をさせて息を吸ったミスズは、眼を見開いて虚空を見つめた。穏やかな息を吐きながら、最後の言葉をつむいだ。 「ええ、今、こんなんなってんの? …たっかいビル…」 「…ミスズさん…?」  ミスズの口に耳を寄せる。 「…おっちゃんも、はよ帰…」  言葉が途切れた。  持ち物すべてを残して、ミスズは光の粒となった。
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